パラダイス・ナウ

執筆者 | 8月 20, 2015

パレスチナ人のハニ・アブ・アサド監督の映画『パラダイス ナウ』を見た。

映画はパレスチナ人の幼馴染みの二人の若者が自爆攻撃に向う48時間を描いた物語で、自爆攻撃者の葛藤と選択を描いている。

アサド監督がインタビューで語っている言葉が刺さった。

彼らの絶望に対する、世界の無知である。占領地での悲嘆、苦しみ、人権の侵害すべてに対し、長年世界が見て見ぬふりをしている。だから、そこに住む者たちは自らの手で行動を起こすのだ。また、このような状況下で行動を起こさずに見てみぬふりをしていることで、世界は暴力とその連鎖に加担しているも同然だ」、と。

きっと、監督は

世界の人々にパレスチナの苦痛に関心を持ってほしい、と切実に願っているに違いない。

自爆攻撃によって他人や自分自身をも爆弾で殺すことなどなくなるように、と切実に願っているに違いない。

もちろん世界から、悲惨な、自爆がなくなることを、切実に願っているに違いない。

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これからテルアビブ市内の人混みに向って、自爆テロを決行しようとする主人公、サイードの最後の台詞。

僕は、、

難民キャンプに生まれた

西岸から出たのは1度だけ 6歳のとき

手術を受けに行った  その時だけ

ここでの生活は牢獄と変わらない

占領者の犯罪は数知れない

最悪の犯罪は

人の弱さにつけ込み

密告者にすること

そうやって抵抗者を殺し家庭を破壊する

人の尊厳を踏みにじり破壊する

父が・・・

処刑されたとき僕は10歳だった

父は善良だった  だが弱かった

占領者には僕の父を奪った責任がある

密告者を雇うなら・・・

その代償を支払うべきだ

尊厳のない人生・・・

来る日も来る日も・・・侮辱され

無力感を感じながら生きていく

世界はそれを遠巻きに眺めているだけだ

我々だけで この抑圧に直面しているなら・・

不正を終わらせる道を見つけるべきだ

我々に安全がないのなら彼らにも安全はない

力じゃない  力は彼らの助けにならない

これを彼らに分からせたい

ほかに方法はない

さらに悪いのは彼らは・・・

自分達を被害者だと確信している

占領者が被害者だと?

彼らが加害者と被害者の役を同時に演じるなら

僕らもそうするしかない

被害者であって・・・

殺人者となるしか・・

あなたが何と言おうと僕はキャンプに戻らない