心の治療

執筆者 | 10月 10, 2016

この60歳代の女性は、とても柔らかな雰囲気で、上手に年をとられたという印象の方でした。
しかし一方、首、肩、頭の周りには深い凝りを、そして内面には相当のストレスを抱えている、とお見受けしました。
案の定、その日の治療が進むにつれて、とても深い心の傷、心の痛みがあることを私は感じました。しかしそれが、いかなる原因によるものかは見当もつきませんでした。
「どうでしょう、定期的に少し通われてみては?」
と、治療後に提案したところ、彼女は快諾されました。
ところが、その直後から私も彼女も一ヶ月程、所用が続き、その間の治療はブランクができてしまいました。

一ヶ月後、私は彼女に電話を入れてみました。
すると彼女は、私が電話をかけたことに、大変感謝されました。
ところが、受療は差し控えたい、とのことでした。
「何かあったのですか?」と私は聞きました。
すると彼女は、「実は・・・」と、あらたまった感じで話し始めました。
「治療していただく少し前のことでしたが、息子が自ら死を選びまして・・・。、、、お伝えしようと思ったのですが、なんともいえない恥ずかしさや、後ろめたさ、また、怖さがあって、どうしてもお伝えできなかった・・・ 」

“自分の子どもを自死で失う”という悲しみ、、、。それは、私の理解をはるかに超えたものでした。しかし、私がその悲しみに共感することは、到底かなわないことであったとしても、私は、必死に彼女の悲しみをを受け留めようと努力しました。電話口の私は、必死でした。ただひたすら、彼女の気持に集中し、その悲しみを受け留めようとしていました。
すると、なぜか突然、“彼女のために、私が今ここで、聞き役になれたこと”を、阿弥陀さまに感謝する気持ちが、私の中から湧き起ってきたのです。
彼女は続けました。「実は、あれから肩や首の凝りもすっかり良くなって、気持ちも随分楽になったのです。何か、ふっきれたみたいなんです・・・」
電話口を通して、彼女の施療に対する感謝の気持ちがはっきりと、そしてひしひしと伝わってきました。
・・・私がこの方に会うことは、もうないかもしれません。
しかし私は、この方からタオ指圧の施療に対する感謝の気持ちをいただきました。そして私は、“タオ指圧の施療者として大切なことは、施療者自らが、ひたすら阿弥陀さまの大愛を信じ、生き、施術することなのだ”と、タオサンガ修行への決意を新たにすることができたのです。

ローレンス・レフコート (モントリオール・カナダ)