私たちにできること

執筆者 | 3月 13, 2015

先日の3月11日、京都、東京のタオサンガセンターで「3.11 東日本大震災犠牲者
追悼/ 平和祈念ギャザリング」を行いました。

私は、東京センターで参加し、午後15時から夜の21時ころまでお念佛をいたしました。その前日の3月10日は、東京大空襲のもっとも犠牲者の多かった日だそうです。(一日だけで10万人以上が亡くなったそうです。)

一緒にお念仏したみんなが、亡くなった方たちのために必死に唱えるお念佛の声はいったいどこまで響いていったでしょう?

不思議なことに、生きている私たち、死んでいるひとたち、という垣根が失くなって
しまったように感じました。そこには、ただお念佛の声(合唱)だけが響いていて。
初めは別々の、それぞれの祈願も、究極にはたった一つの何かになっていくのかもしれません。

初めは、なんとなく重かったからだが、終わってみると軽くなっていたことから、
少しは、追悼することができたのかもしれないと思うと、ありがたい気持ちになり
ました。