存在とはコミュニケーションである

執筆者 | 5月 21, 2017

タオ指圧の講習会では、入門修練コースでも初伝クラスでも、毎回「タオ・コミュニケーション」と呼んでいる対話トレーニングの時間があります。

人とどのように関わるかということは、実はその人の存在そのものでもあります。

指圧で人に触れること、相手に触れる一圧には、その人の人生観や身体観、世界観が如実にあらわれると言うことも出来ます。

だから、タオ指圧の講習会では、お互いの氣と心のあり方を内観するワークがたくさんあります。

それによって、自分の心のパターンを知り、転換し深めていくことが出来るようになります。

人にどのような言葉をかけるのか、どのような対話をするのかということも同じです。

では、どのような心で、どのような言葉をかけたら良いのでしょうか?

それを、「タオ・コミュニケーション」のワークを通して、体感し実践していきます。

「タオ・コミュニケーション」には、さまざまなスタイルがあります。

相手の痛みに共感する、相手の我に妥協しない、相手の可能性を感じ、良き未来の種を植えるなど。

会話のトレーニングは苦手とおっしゃる方は多いですが、ワークとして「タオ・コミュニケーション」の練習を繰り返すことによって、お互いの心の深いところを感じるようになり、お互いがわかり合い、大切にされ、癒されたと感じることが多いのではと感じています。

短い時間の練習でも、ずっと以前からお互いのことを知っていたような不思議な感覚になるという感想も多いです。

「タオ・コミュニケーション」は、指圧を学ぶ方だけでなく、もっと多くの方に体験していただけたら良いなと願っています。

今後は「タオ・コミュニケーション」ワークショップも開催していきたいと考えています。

 

 

下記は、ずっと以前にコミュニケーション・トレーニングのワークをしたときに喨及師からいただいたレジュメ。

心に響く言葉で、ずっと大切にしています。

このような世界が拡がったら良いと心から思います。

 

 

「コミュニケーション・トレーニング」(遠藤喨及)

 

人生の価値は、人と人との豊かな交流にあります。

しかし、戦後の日本を生きる私たちは、物質的豊かさイコール幸せとカン違いしました。

そして、地域のコミュニテイも血縁のコミュニテイも崩壊し、誰ともつながりのない、精神的に孤立した生活を送ることになりました。

その結果、一億の日本人が癒しを必要とする状態になったのです。

 

人が自分の人生を肯定できるのは、自分が誰か他者の役に立っていると実感できたときです。

そして、生きがいを感じることができるのは、誰かと力を合わせて何かを達成したときです。

 

しかし、他者の役に立ったり力を合わせたりすることなど、想いもよらない孤立した人生では、自己肯定は育まれません。

生きがいを感じることもできません。

 

そんな私たちの孤立や自己喪失、また自己否定などのマイナス感情を救ってくれるのは、一体、何でしょう。

それは、カルトの教祖にすがることでも、カウンセラーに頼ることでもありません。

 

自らが他者の癒しの糧となるようになること。ただ、それだけです。

すなわち、癒しを求めるのでなく、癒しを与える存在になることです。

 

では一体、私たちはどのようにしたら、人に癒しを与える存在になることができるのでしょうか?

それは、今あなたの目の前の人にいる人に対して、まごころを持って誠実な関心を寄せることです。

 

自分への関心を極力持たず、相手の人生がより良くなることが、まるで自分の責任でもあるかのような深い関心を寄せるのです。

そのときあなたは、相手に問いかけ、その応えを傾聴して、共感を寄せるでしょう。

すなわち、相手のつらい話には共に痛みを感じ、相手の人生が良くなった話には、共に喜ぶでしょう。

 

私たちは、たとえ一人でも自分の痛みに共感してくれる人がいてくれれば、苦しみを乗り越えることができます。

また、自分の喜びを分かち合ってくれる人がいれば、生きる力が沸いてくるのです。

そして、より良い人生をクリエイトしていくことができるのです。

 

コミュニケーション・トレーニングは、癒しを与え合う対話によって、人と人とが交流する気と心の空間です。

お互いに相手を受け入れ、その話に耳を傾け、癒し力を育んでいく場なのです。

いつしか世界中がそうなるという夢を持つ人の扉なのです。 イマジン♪