コミュニケーションについて思うこと

執筆者 | 3月 11, 2017

タオ指圧を志す人が避けては通れないもの、それはコミュニケーションです。

というか、、人間(いや、動物、、)である以上コミュニケーションは避けることは

できません。がしかし、意外と自分がどんなコミュニケーションをしているかは

気づけないものです。

ですので、タオサンガで行われているコミュニケーションのメソッドでトレーニング

をしてみると、自分が人の話を聞いているようでいつも心は上の空であったり

とか、その場に必要のない質問をして自己関心だけで聞いていたりとか、、

そんなことに気づかされるのです。

 

ほとんどの場合、日常では決まりきった自分の在りようしかなく、、その中で

自分を省みる機会があるとすれば、コミュニケーションがうまくいかなかったとき

かもしれません。けんかをしてしまった。人を傷つけてしまった。心無い言葉に

腹が立った。また、そういう場面に居合わせて何も出来なかった。したけど、

無力だった、、。そういう時に、いかに自分には智慧がないかを思い知らされます。

先日近所の交番で、警察官に怒鳴り散らしている人を見ました。

また別の場面で、喫茶店で友人と話していたら、となりの席の人が、いきなり

私たちの話について勝手にコメントしていて(しかも、能面のように表情が

なくこっちに顔を向けて目を合わせるわけでもなく、どことなく上から目線で、、)、

驚きました。考えてみると、日常でもいろんな人や場面に出くわしていますが、、

自分も大なり小なり似たようなことをしていないか、心配になりました。

自分が正しいと思ったとたん偉そうになっていないか、とか、、、。

 

コミュニケーションというのは、いのちの表現なのだと感じます。

単に器用にこなしたり、自分が成長すること、好き勝手にふるまうこと、ましてや

評価されることを目的にしてするものでもない、、。

本当にお互いの幸福を願いながらもそれをおしつけず、

ほんとうの意味でいのちを生かしあえたら、、。

ところで、、

長い前説になりましたが(笑)、タオ指圧の創始者遠藤喨及師の最新ブログです。

タオ指圧に関心のある方、コミュニケーション力を深めたい方に読んでいただけたら

嬉しいです。

『数年に亘って編纂してきた冊子のあとがき』

http://endo-ryokyu.com/blog/?p=11651