映画「生きる」〜死を意識し始めて、人生が本気になる

執筆者 | 2月 19, 2015

今朝は、みぞれ交じりのような雨で窓の外は寒々しかった。にもかかわらず、何故か、寒さの中に身を置きたくなり長靴を履いて近くの公園まで行った。

誰もいない公園。ずぶ濡れのブランコ。空は冬空。

今にも雨は雪に変わりそうな気配。


雪、、ブランコ、、の言葉から、あるシーンを連想した。



黒澤明監督作品の映画『生きる』のラストシーン。




うず高く積まれた書類の谷間で虚ろな目をした主人公役の志村喬は、来る日も来る日も書類に目を通しハンコを押すのが主な仕事。

目の輝きを失った志村喬に、突然、青天の霹靂のように胃ガン宣告がくだされる。余命数ヶ月。



それは「本気で人生を生きていますか?」と魂を揺さぶられたようにも思えなくもない。


しばらくは現実を受け入れられず、右往左往するが、数日後、目に力が出てきた。それまで、役所ぐるみで無視してきた“子ども達が安全に遊べる公園を作って欲しい”という、地域の母親達の切実な願い、を何がなんでも実現しよう、と一念発起し行動を起こす。


ガン宣告。死を意識、、後がない。そのことが、まさに必死な行動を生んだ。このまま死んでたまるか、、。今まで眠っていた本気が出る、いや、仏性が目覚めた、と言ってしまおう。命懸けで、他の幸せのために自分のことなど見向きしない、死を恐れることもない。

ただ、ひたすら母達の願いを叶えてあげたい、、子供達の笑顔を見たい、、そのためなら、命懸けで何でもできる。

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主人公の志村喬は、ヤクザの妨害にも一歩も引かず、身内の敵、上司達を蹴散らし、そして、あらゆる障害を乗り越えて、とうとう母親達の念願の公園を完成させた。

子ども達はもう危険な場所で遊ばなくてよいのだ。


深夜、完成したばかりの公園に、しんしんと雪が降る。

静寂の中、ブランコに揺られ、人生の最後の最後、命を燃焼し尽したニンゲンが子供達の笑顔を想い微笑む。そして、志村喬はつぶやくように歌う。



「命、短かし、、恋せよ、、おとめ、、あかき、、くちびる、、あせぬ間に、、熱き、、血潮の、、冷えぬ間に、、、明日の月日の、、、無、、いも、、の、を、、」


雪降る中、志村はブランコに揺られながら、息を引き取った。

合掌