受持とは相手の存在に責任を持つこと

執筆者 | 12月 25, 2016

12月19日は、別時念仏修養会でした。

東京タオサンガセンターでは、タオ指圧のクラスだけでなく、念仏の行法を学び、体感するワークショップも定期的に開催されています。

今回は、喨及師に導師を務めていただきました。新たに体系化された行法のレクチャーと、その体験ワークショップという内容でした。

新たな行法は、四つの心の境涯に基づいて行を深めていくというもの。

念仏だけでなく、タオ指圧や氣心道も、この四つの心の境涯に基づいて学ぶことになります。

 

 

そのひとつが、「受持(じゅじ)」という心の境涯。

「受持(じゅじ)」は、仏教の言葉で、「教えを正しく保つこと」、「教えを銘記して忘れないこと」などの意味を持ちますが、タオサンガでは「教えに責任を持つこと」という意味が含まれます。

教えに責任を持つことには、さらに「人に対して、また場に対して責任を持つこと」という意味が含まれています。

人の何に責任を持つのか?

それは、相手の喜びや幸せや未来に対してです。

そのためには、自分の我や相手の我を見極める智慧と、それに向き合う強い意思力が必要です。

ともすれば私たちは、自分が引き受けた役割とか立場とか、やらなければならないことといったものに対して責任を持つものと考えがちです。

しかし、そのようなことに囚われていると、自分のこだわりや思い込みに心を奪われ、段取りや決まりごとなどを優先し、目の前にいる人や場に対する気持ちがないがしろになってしまいます。

人を大事にしなかったり、緊張させてしまったり、自分の我で人や場を重苦しくしてしまいます。
それでは、本当の意味での責任を果たしていません。

自分をゼロにして、相手の存在に責任を持つこと。
存在の根底は歓喜そのものであり、相互髄喜が無限向上であること。

そのような心の状態でこそ、人の存在に責任を持つということになるのではないでしょうか。

氣のワークで実感したこの感覚を日常の瞬間瞬間で体現することが、四境涯に生きることだと感じました。