上諏訪のソバ屋と夕焼け、そしてお浄土とは?

執筆者 | 10月 16, 2014

昼過ぎに上諏訪駅に着いた。近くで昼飯にしようと駅前の観光案内所で蕎麦の美味い店を聞くと「小坂」と言う店をすすめられ、訪ねてみた。

控え目な店構えで、サラリーマン風の常連客二人と、一人旅で立ち寄った風で蕎麦には一過言ありそうな青年が味を確かめるように食べている。

厨房には女将と亭主らしき男と見習い風の男が、それぞれ自分の持ち場で甲斐甲斐しく働いていた。

あとで知ることになるが、見習い風の男は息子さんだった。



田舎蕎麦の大盛りを注文した。



実を言うと、僕は、タオ指圧の臨床家を目指すずっと以前、漠然と、人の身体を癒す仕事をしてみたい気持ちと、もう一つやってみたいことがあった。それは、蕎麦屋だった。昔、山登りに熱中してたころ、各地の美味い蕎麦屋に立ち寄っては、蕎麦打ち職人にも魅力を感じていた。結局、人の痛みを取りたい気持ちのほうが勝っていたようで、結局、蕎麦道の選択はなかった。




「ありがとうございました!」女将の通る声が店内に響く。



会計が終わった背広姿の二人の男は満足気に店を出ていく。「ありがとうございました!」二度目の女将の感謝の言葉は男達の背中を温めたようだ。


しばらく経ち、一人旅の大人しそうな青年も静かに立ち上がり会計。今から諏訪湖畔を散歩しに行くのだろうか、、それとも都会に戻るのか、、青年の背中にも「ありがとう・・・」の言葉が響いた。


観光案内所をあとにして小坂に向かって歩いてる途中、もしかしたら阿弥陀寺の宿泊所には40人近くの参加者(北は岩手から南は宮崎から参加)の携帯電話が充電できるほどのコンセントはないかもしれない、そう思い、4個口~5個口コンセントを買いに電器屋に立ち寄ったが、在庫切れだった。


客は、僕一人になり、蕎麦をすする音が店内に響く。ふと、箸を置いて、厨房に居る女将に、このあたりに大きい電器屋はないか尋ねてみた。



「うーん、この辺は無いですね、、大型店なら車で10分位の所にありますけど、、電器屋も少なくなって、、、何を探しているんですか、?」

「ああ、ええ、、コンセントです、、差し込み口が三個とか四個とかあるヤツ、。」



そして、これから唐沢山の阿弥陀寺まで、ちょっと修行しに行くこと、大人数が集まるので宿泊部屋に携帯電話を充電するのにコンセントが足りないかもしれないので、、と一通り説明した。



隣で聞いていた、若い男が厨房の壁に設置してある3個口コンセントに指差しながら、、僕を見た。



「ええ、そうです、そんな感じの、、、」

すると女将が


「それじゃ、それ差し上げますから、持ってってください」


と言う。

ありがたいが、それは断った。

すると女将は息子さんらしき青年に向って「じゃあ、それ、、コンビニで買ってきたんだから、◯◯◯、買ってきてあげなよ」

と言い出し、私は慌てた、、いや、いいです、、自分で買いに行きますから!、そう固く断るのに、女将はお構いなしだ。

「大丈夫、今、暇になったし(笑)、、◯◯◯買ってきてあげて!」

再度、断わろう、と思ったが、都会ではあり得ない、その親切を断ることが、何だか変な気がしてきた。

そして。ありがたく、受け入れてしまった。

息子さんはコンセントを買いに店を出てから戻ってくるまでの間(約15分くらい。5個口のコンセントをコンビニではなく、途中で思い直し、リサイクルショップによって中古

品を見つけてきてくれた!!)息子さんの子供の頃の話しや、昔、阿弥陀寺の在る唐沢山の麓に住んでいたことなど、夫婦のボケとツッコミの微笑ましいやりとりを見ながら、しば

し、心が和んだ。

蕎麦屋「小坂」の家族の親切と美味い蕎麦で腹も心も満ち足り、店をあとにし、念仏道場の阿弥陀寺に向って歩いた。

途中、道に迷い(私はよく道に迷う、)すれ違った女子中学生に尋ねると、これまた親切に教えてくれた、、そして道で会った、おばちゃんは「こんにちは」とニコニコ顔で挨拶してくれる。

優しい人が多い上諏訪の町が甚く気にいってしまった。30分近く歩くとバス停「山の神」に着き、そこから、急な上り坂を15分ほど歩くと阿弥陀寺に着いた。

夜の念仏が始まる前、日が暮れる頃、諏訪湖方向を見ると、諏訪湖上空の雲の群れが刻々に茜色の染まっていった。

さて、四日間、朝から晩までの念仏三昧はどうだったか、、一言や二言で言えない。しかし、あえて言わせてもらうと、、、他のために、必死に祈れるかは、日頃、どれほど必死に利他に生きてるか、、その結果だ、と思う。

茜色に染まる夕空が、命を燃焼し、必死に祈り、生きる喨及師の姿と重なり、その生き方こそが、お浄土そのものだと、改めて学ばせてもらった。