無関心な人びとの沈黙の同意あればこそ 地上の裏切りと殺戮が存在するのだ。詩人〜ロベルト・エベンハルト

執筆者 | 10月 21, 2015

中東から帰国後、パレスチナとイスラエル問題をもっと深く理解したくなり、近くの図書館に行った。何冊か在ったが、教科書みたいな本ばかりで、その手の本はどうも苦手で、帰りかけた。その時、ふと目に入ってきたタイトル。その、まっすぐなタイトルに目を惹かれた。

パレスチナから〜占領地の住民になって〜報告します。

著者のプロフィールを見ると、イスラエル生まれのジャーナリストでアミラ・ハス。イスラエルの日刊紙、「ハアレツ」の特派員として、初めて、そしてただ一人、1993年からガザ地区に、1997年からはヨルダン川西岸地区に住んで、記事を送り続けているジャーナリスト、とある。
そして、翻訳者、くぼたのぞみさんは、あとがきに本書の翻訳をやろうと決めることになったというハスさんが少女のとき、ホロコーストを生き延び、イスラエルに移住したユダヤ人の両親から聞いたエピソードを載せている。
〜1944年の夏、ハスの母親が客車に連結された家畜用貨車に乗せられ、ベオグラードからベルゲン=ベルゼンの強制収容所へ移送されたとき、数人のドイツ人女性の姿が見えた。歩いている者、自転車に乗っている者。そばを通過する奇妙な貨車の列を目にして歩調をゆるめた女性たちの顔には、いったい、これは何かしら?でも、自分には関係ないわ。そんな表情が浮かんでいたという。
それ以来、アミラにとって、この女性たちは、胸くそがわるくなるようなシンボルとなった。そばで見ているだけの傍観者!自分は断じてこのような傍観者にはならない。母親の話しを聞いたアミラはそう心に決めた。その決意がやがて「私はパレスチナ人問題の特派員と呼ばれているが、イスラエルの占領に関する専門家というほうが正しい」と述べるジャーナリストの姿勢になっていった。〜
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本の解説では、ドキュメンタリー映画「沈黙を破って・・イスラエル元兵士の証言」の監督、土井敏邦さんがアミラさんにしたインタビューの内容が載っている。
Q)イスラエル人がガザ地区やヨルダン川西岸地区に住みつくことは危険だったのに、どうして敢えてそうする決意をしたのですか?
A)オスロ合意(1993年9月)直後、「ハアレツ」は私にガザ地区の特派員になるよう提案してきました。しかし、会社は私がそこに住むことまでは予想していませんでした。しかし、私はそこに住みたかった。“占領”を自分で体験」したかったのです。
Q)あなたは以前、私に自分のジャーナリスト活動の原動力は「怒り」だと言いましたね。
A)ときどき人々が、どうして、そんなにエネルギーがあるのかと訊くんです。“怒り”です。“怒り”が私に
エネルギーを与えているのです。朝、起きると、パレスチナの誰かが電話してきて、検問所を通過できず職場にいけないと訴える。
二時間後には、また他の人が分離フェンスのゲートが開かず、オリーブの収穫に行けないという。
三時間後にはガザ出身でラマラに住んでいる友人がイスラエル兵に拘束されたと聞かされる。
だから、このような“不正義”のために怒りを抱いてしまう。
私はイスラエル人ジャーナリストである特権によって、自分の住んでいるラマラから自由に行き来できる。
自分だけがそれができることにまた怒りがこみ上げてくる。ユダヤ人入植地に行くと、まさに植民地主義の象徴であることを目の当たりにしてまた怒る。
ラマラから、テルアビブに行くと、イスラエル市民が通常の生活をしている。それを見て、また怒る。だから、いつも私は怒っているんです。
その一方、私は人々の関係の中で、自分が“豊か”になったと感じています。とりわけ難民キャンプや村においてです。
私のようなイスラエル人がジェニンやラファ、ベツレヘムで、イスラエル軍の外出禁止令のもと、銃撃のなかでパレスチナ人の家族の世話を受けることがあります。
家の中で、家族とヘブライ語で会話している。そんな体験が私をとても“豊か”にしています。内面が“豊か”になっているということです。
Q)“豊か”になるということはどういうことですか?
A)この60年間のパレスチナ人の苦難を顧みるとき、狭苦しく、水道も電気もない難民キャンプのようなひどい環境の中で暮らしながら、どうして人間としてあれほど美しく在り続けられるのか、つまり、あれほど、寛大で、優しく、ユーモアのセンスがあり、自分を笑い飛ばすことが出来るのか、と自問するときがあります。これほど緊迫し困難な状況のなかでも、このようなヒューマニティー(人間性)寛大さ、人間としての、尊厳を人々が保っている。それが、私を“豊か”にするのです。
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下の詩は、訳者くぼたさんが、アミラ・ハスの翻訳の途中でも、つい、失速する訳者を再びハスの記事に向わせてくれた詩だ、という。僕は、この詩を読んで、ガツンと頭を殴られた気分になった。よくよく自分の人生の核にすえとかないと、やばい。
“敵を恐れることはない、、、敵はせいぜいきみを殺すだけだ。
友を恐れることはない、、、友はせいぜいきみを裏切るだけだ。
無関心な人々を恐れよ、、、かられは殺しも裏切りもしない。
だが、無関心な人びとの沈黙の同意あればこそ、
地上の裏切りと殺戮が存在するのだ。”
                              詩人〜ロベルト・エベンハルト