不思議な話

執筆者 | 7月 1, 2014

私の父には歳の離れた兄がいたらしいのですが、戦争で死んだと聞いていました。
ですので、会ったことはありません。そのお兄さんは、十九歳で自ら志願して
戦地に行き、そこで病気になりました。「お母さんの作ったおはぎが食べたい」と
言って泥水をすすり、苦しみながら死んでいったそうです。遺骨もありません。

そのような話を子どものころ父から聞かされましたが、正直なところ、「戦争は
遠い昔の私には関係ない出来事」でしたし、父の兄は遺影だけの遠い存在でした。

今年に入って諸事情から、実家のお仏壇を京都に送り、遠藤りょうきゅう師に
魂抜きの儀式をしていただくことになりました。
お仏壇を引越し業者に依頼して送る際に、「中身を全部出して空にしてください」
と言われましたので、何度もなんども点検して中身を空にして京都に送りました。

先日、「無事法要を終えました」と、京都のりょうきゅうさんから連絡をいただき
ました。そして、「父上のお兄さんの遺物が入っていたので、その法要もいたし
ました」と。「お兄さんの遺物?」 ちょっとではなく、かなり驚きました。
あれだけ何度も確認して空にしたにもかかわらず、遺物が入っていたとはどういう
ことなのか、ほんとうに不思議でした。

後日、師が東京にいらした際にご持参くださり、「遺物」を受けとることが
できました。
黄ばんだ布に包まれて、紙に書かれた日記や、遺髪などが入っていました。
長年、実家の仏壇に入っていたものなのでしょうが、初めて目にするものでした。
日記には、故郷の雪景色の絵や、戦地に赴くことになった十九歳の青年の、
精一杯の思いが綴られていました。胸がつまる思いがしました。
60年以上の年月を経て、私が生まれる前に亡くなっている会ったこともない
「十九歳の父の兄」の霊にふれた気がしました。

いまだに、空にしたはずの仏壇になぜ・・? と思うこともありますが、こころの
どこかで納得もしています。
お兄さんは、本当の供養をしてもらいたかったのだ、、そう思うのです。