お願いです。映画「5つの壊されたカメラ~パレスチナ」を見てください

執筆者 | 8月 17, 2016

アースキャラバン中東に行く前に見たドキュメンタリー映画「5つの壊されたカメラ~パレスチナ」のこと。

you tubeにもアップされているので、未だ見てらっしゃらない方は、是非、見ていただき、パレスチナの痛みに共感していただけたら、と思います。

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撮影、監督は、パレスチナのヨルダン川西岸地区に位置するビリン村に住むイマード・ブルナード氏。

氏がカメラを購入した理由は、四男の息子、ジブリードが誕生した時、我が子の成長を撮影し記録したい、そのためでした。

ところが、丁度その頃、ビリン村の人たちにはイスラエルから、無謀な計画を押しつけられることになった。

「ビリン村の土地の一部を入植地にするからフェンスを建設する、、今日からここら一帯はイスラエル人の土地だ」と。

強制的にビリンの人たちの土地を奪いビリンの人たちを追払う計画。そんなこと、どう考えたって盗賊行為だ、受け入れられない。

大事なオリーブの畑もフェンスの向こう側に行ってしまうし、何より土地を奪われたたら死活問題だ。そんな非道ぶりに黙って泣いてなんかいられない。

住民たちは義憤し、非暴力抵抗運動が始まったのだ。

イマード氏は、このビリン村の非暴力抵抗運動の成長を、ジブリードの成長と共に、幼な子ジブリードの目を通して記録するこに決めた。

5年の間、冷酷なマシーンと化した兵士たちに五つのカメラを壊されながらも、。

そして、デモが始まり何年か経ったある日のデモの最中、悲劇は起こってしまった。

フィールは、いつも、デモの先頭に立ち、「Free  Free  Palestine! Free  Free  Palestine!!」と叫んだ。

フィールは、タフでねばり強くて、優しい男。

“フィール”という名前は子供達が付けたニックネームで、象の意味の“エルフィール”から来ていた。

フィールは子供達によく囲まれた。

子供達はフィールが大好きで、子供たちの希望だったのだ。

ビリン村の抵抗運動は、同じように占領が続き、伸びてくる壁に土地を奪われ無力感に包まれる周辺の村々の手本となり、占領に苦しむ地域での非暴力抵抗運動が盛んになってきた。ある日、ビリンの近くにある、ニリン村でデモがあった。そして、デモが終わった後、それに参加していた11歳の少年が自宅近くでイスラエル兵士に銃殺された。

危険はいつだって隣り合わせだ。

そんな悲惨な出来事が近くの村で起きた日、ビリン村では嬉しい知らせが飛び込んできた。これまでの粘り強い抵抗運動が功を奏したのか、イスラエル裁判所がフェンスの一部を撤去する判断を下した。小さい勝利だが、村人は共に喜びに沸き、歌い踊った。

しかし、歓喜は続かない。その夜、ビリン村は報復を受けることになってしまう。

フェンスの向こう側に育つ、大事な大事なオリーブの木が、心ない入植者達によって火を点けられ全て燃やされてしまったのだ。

燃え続けて泣き叫ぶようなオリーブの姿を見て、フィールはあまりの悲痛さに、カメラに向って怒りをぶつける。

オリーブの木になんの罪もないのに!!、、いったい木が何をしたっていうんだ!!!」

胸が締め付けられる、。

その叫びは、画面を見つめる私に向って、「、、パレスチナ人にどんな罪があるんだ!、、パレスチナ人が、いったい何をしたっていうんだ!!」とも聞こえてきた。

そのあまりにも悲痛な叫びの奥には、「世界の人たちよ、どうか、ビリン村やパレスチナの現実、イスラエルの、この非道な所業を見てくれ!」と、カメラの向こう側にいる全ての人に向って発している、そんな気もしてくる。

そして、とうとう、悲劇が来てしまった。

イスラエル兵士たちが、フィールとデモ参加者たちに向って、情け容赦なく催涙弾と小銃弾を浴びせる。」

フィールが死んだ。

兵士は誰一人も逮捕されないだろう。

フィールが大好きだった、イマードの息子ジブリードは5才になっていたが、フィールの死をすぐに理解できない。

そして数週間後、5才のジブリードは父親のイマードに言いよった。

「パパ、、、ナイフで兵隊を殺してよ」

「パパが撃たれてしまうよ」

「兵隊はまだ残る?」

「ああ、残るね」

「、、、何故、兵隊をやっつけたいの?」

「ぼくのフィールを、撃ったから、。」

「何故、フィールを撃ったの」

「フィールは何もしてないのに」」

「・・・・・」