パレスチナで出会った子どもたち2

執筆者 | 9月 9, 2016

壁に描かれた風刺画

 

パレスチナで訪れた子どもの施設のもう一つは、(前回は傷がいをもつ子どもちの施設について書きました) 孤児院を訪問しました。前々回でも少し触れましたが、ここでの体験も大きなものだったと感じています。

はじめは、この施設を訪れたアースキャラバンメンバーのアーティストたちで、遊ぶ広場でパフォーマンスを、、。子どもたちは、興味津々。いったい、この異国の人達は(悪い人ではなさそうだけど、、?)、何をしようとしているのか、、?

そんな中、いきなり始まった日本憲吉氏(日本の憲法九条を朗読する、日本でも稀有なパフォーマー)の朗読、、ではなく、いきなり「黒田節」のパフォーマンス。

黒田節の舞

 

失笑といってもよいかもしれません、、。

 

浴衣にフィッシャーマンズベスト、頭にはテンガロンハット、顔は丸いレンズのサングラス、足元は黒い革靴。扇子を駆使しての日本舞踊的なパフォーマンス(この時は帽子なし)に、失笑が漏れる、、、。この子たちの日本人観に多大な影響を与えたのではないかと想像します。とにかく、「よくわからないけど、昔、自分たちを一生懸命に元気づけようと来てくれた東洋人がいたよ」、なんて思い出に残ったらうれしいですね、(憲吉さん!)。

 

その後、お昼時になり、キャラバンメンバーは、いくつかのグループに分かれ、子どもたちがグループで生活しているところで分散してお昼ご飯をご馳走になりました。(前々回のブログでも少しお伝えしましたが)

 

 

お昼ご飯後、お茶をご馳走になる。子どもたちのお茶に「大好きだから」と、溶けないくらいたくさんのグラニュー糖を入れていて、複雑な気持ちになった、、。

 

私がごちそうになったグループは、子どもたちが6人くらいいるところで、そこに世話人の女性がひとりいて、子どもたちの面倒を見ています。14歳までこの施設にいることができるそうですが、その後、働いたり、進学したりと、子どもの進路を大人たちはちゃんと見守っていることが伝わってきます。大学は学費がとても高く、誰でも行けるものではないようですが、、。
大学を出た後のことや、働き先など、孤児の子どもたちが孤立しないように、受け皿を作っています。幸い、この施設は、前回の施設のように毎晩イスラエルの兵士による威嚇はないようでした。

 

印象に残ったのは、年長の少女たち食器など台所で洗ったり、片づけたりしているところを見せてもらったのですが、とても清潔で、きめ細かく清掃がいき届いていることでした。

 

もう一つは、少女たちの部屋を見せてもらい、清潔で、趣味も良く、大切に育てられていることが伝わってきたことでした。「見て!私のお部屋!」自慢そうな笑顔がまぶしかったです。
この子たちが、あと数年したら、もう大人です。
そのことを忘れないようにしたいと思いました。