何回か前のブログで、「コミュニケーションについて思うこと」という

文章を書きました。

そこで、私は、「人間(いや、動物、、)である以上コミュニケーションは

避けることは できません。」と書きましたが、その後、りょうきゅう師が

さらに深い言葉をはなされたことを知りました。

 

「存在がコミュニケーションそのものなんですよ。細胞そのものが

コミュニケーションしているじゃないですか」

「住職に聴く!」より

http://taosangha.com/jushoku-commentaries/taosangha15/

 

ほんとにそうだった! と思いました。

細胞どうしが細胞膜を融合させて新たな細胞を生み出していく映像を

見たことがありますが、細胞は、「あの人が許せない!」とか、「無視しよう」とか

そんなこと考えもせず、いのちを営んでいるのだと思います。

 

肉体はその細胞が土台となっているにもかかわらず、その営みに逆行しようと

するまがまがしいものも自分の中に確かにあることを感じます。

それをどうするか? それを乗り越えてコミュニケーションをしたいか、、?

乗り越えない範囲で自分の都合のよい(エゴの)範囲でコミュニケーションするか?

 

コミュニケーションに困難を感じている人が多いのは、なぜなのだろう?

「住職に聴く! タオサンガ篇15」を読んで、そんなことを考えました。