臨床家

施療者紹介


後藤隆一大学では人間科学を専攻し、心理学や人間学を学ぶ。卒業後、柔道整復師、鍼灸師の資格を取得する。 その後、東洋医学を取り入れた帯津三敬病院や、自然な食事療法や代替医療などの現場で、さまざまな臨床経験を積む。 タオ療法の修養に入り、やがてこれが東洋医学と心理療法を融合した、理想的な医療であるとの認識に至る。そして現在は、東京センターの道場長と、タオ指圧入門コースなどの指導員を勤めつつ、理想的医療の実践に取り組んでいる。 後藤隆一の記事一覧を読む→
つらい痛みや症状を取ることはもちろんのこと、来院される方の人生がより良きものへと転化していくような施療。運気の上昇をもたらすのがタオ療法の臨床であることを実証することを目指しています。
長谷川森舞台俳優などを経て、現在、この道のベテラン臨床家となる。 新潟地震の頃より、NPOアースキャラバンスタッフとしてボランティア施術の活動にも従事する。東北震災では、直後から被災地に入り、ボランティア施術、募金活動、救援物資の送付等を行う。また支援は、現在でも継続的に行っており、現地の人々からの信頼も厚い。そして彼の優しい語り口には、ファンも多い。 長谷川森の記事一覧を読む→
『受療に来られる方へ、 切に願うことは何でしょう?』と尋ねられたら、 きっと僕は、こんな風に答えるでしょう。 「痛みが取れて楽になっていただきたい。 胸の奥深いところに隠された、 悲しみや孤独が癒されてほしい。 笑顔を見せていただきたい。 与えられた命に感謝されていただきたい。 自分も価値ある大事な存在なんだ、 と信じていただきたい。 そして、幸せになっていただきたい。」と。

中川りみ 北海道在住。学生時代から美術、心理学、東洋医学、仏教への関心と学びを続ける。 2001年から東京タオサンガセンターでタオ指圧の修養のため、北海道から通い続ける。 2007年に中伝を修了し、現在は東京初伝クラスで指導員を勤める。 趣味はチャリティックス・ゲームとガーデニング。 東京タオサンガセンターのガーデン造りを、他のメンバーと一緒に楽しんでいる。 中川りみの記事一覧を読む→
いのちの喜びを感じていただけるように尽力します。

野本祐子英国留学後、さまざまな道を模索し、ヨーロッパ、中米、インドなどのアジア諸国を長期に亘って旅をした後に帰国。介護職を経て、東洋医学のエッセンスであるタオ療法の道に入る。現在、京都センターにて、タオ指圧入門コース指導員も勤めている。 野本祐子の記事一覧を読む→

心身ともに元気(宇宙本来の氣)が戻り、より善い人生となることを信じ施療させていただいています。お一人で悩まれず、些細なことでもご相談ください。

野本自由出身は、四国松山市。瀬戸内海の海辺で育つ。十代後半に、重いアトピーを発症し、これを克服する過程で、民間療法、食養生、精神修養など、様々な東洋的な自然療法に出会う。 そうした体験があったが故に、自然食、有機野菜の販売などの職歴を経た後に、気と経絡による癒しの技である、タオ療法の門下に入る。 現在は、日々の診療に従事する傍ら、センター併設の念仏道場で、仏教の修行に励んでいる。 一方、ミュージシャンでもあり、バンド、遠藤りょうきゅう&LAMANI では、パーカッションを担当。2011年4月には、CDアルバム「アミリタ」でメジャーデビューを果たす。趣味は音楽鑑賞、釣り、キャンプ等のアウトドアなど。 野本自由の記事一覧を読む→

辛い痛みや症状も、実は、人生を善き方向へ導く為に、無意識から送られてくる具体的なメッセージであるとも言えます。ですので、施療をお受けになる事それ自体が、メッセージを読み解く鍵となり、患者さんにとって「真に幸福に生きる為の第一歩」になるのだということを、日々実感させて頂きながら施療にあたっております。


本田将人それは18歳の時のことだった。俳優養成所に行くつもりだった。ところが、何が気に入られたのか、自衛隊のスカウト部に再三懇願され、とうとう情に負けて入隊を決意したのだった。しかしそこから話はさらに二転三転する。 彼は、学校の映画鑑賞会で観た「シンドラーのリスト」に衝撃を受けてしまい、どうしても入隊できなくなってしまう。そして、人が感動するような舞台をしたいと思い立ち、オーディションに受かって芸能プロダクションに所属することになる。 俳優としては、NHKや地方民放のCMにも出演。「瞬華」という青春映画では主役を演じたこともあった。(そのDVDは現在でも販売されている) しかしやがて、共にプロデュースしていた人間との価値観の違いにより、思うような舞台を創れず、そのジレンマから役者を廃業することを決意。 一転して、数十名の部下を持つ飲食業のホール管理職、コールセンター管理職、また整体リラクゼーション店の店長等を勤めたりもする。やがて縁あって、仏教の慈悲の精神を説く、タオ指圧の門に入る。 今、かつての俳優は、タオ療法臨床の癒し手となった。 本田雅聖の記事一覧を読む→

受療されるみなさんが、心から笑顔になられるように、最善の人生を歩まれるように、願わせていただき施療をいたします。みなさんが幸福になることを共に喜びたいです。

まひろ神奈川県の足柄山の麓で育ち、東京のデザイン専門学校にて学ぶ。そして様々な精神世界を探求し、更なる道を求めて一人インドを旅する。 帰国後、「人に良きものを与える仕事がしたい」と思い立ち、リラクゼーション、マッサージ店に勤める。やがて、その志に一致するタオ指圧に出会い入門。タオ療法の修養と仏道修行に励むようになる。 また、NPOアースキャラバンの活動にも取り組み、支援先のバングラデッシュを訪れ、ユニが運営する小学校の子どもたちと交流する。 「気の幸福力ワークショップ」では、リーダーを担当する一方、「タオ指圧、東洋医学の革命」(ヒューマンワールド/遠藤喨及著)では、書籍装丁も担当している。 初志を変えることなく、常に「良きものを与えることを願い」、タオサンガの様々な活動に取り組みつつ、日々の臨床にいそしんでいる。 本田まひろの記事一覧を読む→

そっと寄り添い、患者さんと共に笑い、喜び、時に涙し、患者さんの心が癒されるように願って施療しています。


ばんば さんの(ばんば さんの)琵琶湖近くの農村で育ち、祭り、民謡などの文化を愛する。かつてバックパッカーとして、おもにアジアを旅する。長年、タオ療法を学び修行し、現在は臨床に従事。和田寺の平和活動においても情熱的に活動している。 馬場山往の記事一覧を読む→

あなたの持つ可能性が思う存分発揮され、あるがままで元氣に幸せに生きていけることを願って、一圧一圧心を込めてさせていただきます。
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支部臨床家


杉本越音
すぎもと・こう。愛知県出身。子どものころからの医者嫌いが高じて、東洋医学に興味を持つようにる。
高校生の頃、声を出す事も出来ないほどひどい寝違いで救急車で運ばれ、近所の鍼灸院での治療を受けたのが、この道に進みたいと思うようになったきっかけだった。

やがて経絡に神秘的で未知の可能性を感じるようになり、鍼灸指圧学校に入学。同時に、名古屋で一番と言われる治療家に弟子入りし、経絡治療を学ぶ。
その後、中国に鍼を教えにいく程の大家の治療院(東京半蔵門)の元でも修行を続ける。
その後、3人の友人と共にリラクゼーションの会社を立ち上げ、数店舗のチェーン店を経営するまでになる。
しかし会社が大きくなるにつれ、自分が求めていた、“理想の医療を実践する”という願いから離れていくことを自覚。自ら治療院を立ち上げる。

治療院は繁盛し、一時は10名ほどの従業員を雇い指導も行うようになる。しかし数年後には、ただ会社経営に専念している自らに疑問を感じるようになる。
その矢先、タオ指圧に出会い、“ついに永年自分が求めて来た理想の医療とその生き方を見出した”との想いを抱く。
その後、熱心にタオの修行と活動に入り、現在はタオ指圧の臨床に専念する日々を送っている。
趣味は写真。“年輩の人の素敵な笑顔が撮れると嬉しいです”とは、本人談である。

ホームページ:癒香堂(ゆこうどう)

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