青春の詩

執筆者 | 2月 1, 2017

先日、知人から、メールで詩が送られてきた。

どこかで読んだことある詩だった。

読み始めると記憶が一気に8年前に巻き戻された。

あの下町の新川区民館でタオ指圧初伝クラスに初参加。遠藤磨祐先生の命懸けの指圧を受けて、やっと人生が変わる、と直感してから数年経っていた。

師匠の計らいで運良く週に1、2度、東京のタオ療法の先生の施療を部屋の端に座って見せていただけるようになる。「見てるだけ」だがそれは勉強になった。

一方、横浜の自宅周辺への出張施療はたまにお呼びがある程度で暇はたっぷりあるが生活は危機的状態が続く。

一度、都内の某リラクゼーションの店で求人募集をしていたので、履歴書を書いて面接に行ってしまった。行って担当「タオ指圧の動きでやらせていただけますか?」と尋ねると、「タオ指圧??、、ウチの施療スタイルでやっていただきます!」と一言。僕は、店長の手から履歴書をひったくり、さっさと店を出ることになる。

慣れた中国整体を全て捨てて、覚えたての「タオの心」とタオ指圧の動きに切り替えようとした。たとえ、よちよち歩きでも、もう他の手技療法には戻りたくない。

ある日、新しく治療院を開業した知人から電話があり「人手が足りないから手伝ってくれないか?タオ指圧をやれるようになるのは大変だろ、、。」という。

その言葉には(もう、そろそろタオ指圧あきらめなよ、、。)と言う悪魔のささやきにさえ聞こえた。

冗談じゃない、、その時の僕は、“タオ指圧を諦めることは人生を諦めるに等しい”と思っていたから、電話の相手に向って「すみません、もうタオ指圧以外のもはやる気がしないん

で、、じゃあ、。」と言い、電話を切ってしまった。

それで、午前中だけのアルバイトで探した。手技療法と関係ない単純労働を探すことにした。

新聞の求人広告にビル内の事務所の掃除夫の仕事があったので品川まで面接に行った。

一日4、5時間、週5日。事務所、兼、控え室では休憩中のお掃除オバちゃん達がお茶菓子食べてTVを見ながら笑ってる。

気楽でいいや、、ここに決めた!、、「明日から来ていいですか?」と責任者に言うと「ああ、いいよ。」と言う。「よろしくお願いします」、ほっとした。

ただオバちゃん達と笑いながら働くのは気楽だったけど、真冬の暗い早朝に起きるのだけは、ちょっと辛かったな。

始発電車に乗って、品川駅に着いて数分歩くところにビルはあり、作業服に着替え、担当していた清涼飲料水販売会社の事務所に向う。

まだ誰もいない薄暗い事務所に入り電気のスイッチを入れる・・・蛍光灯が一斉にパ〜〜〜っと灯いて明るくなる。20畳程の事務所中央の壁に立派な額縁にが在り、

中の詩に目が釘付けになる。

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               〜青春の詩〜

若さとは人生のある時期のことではなく、心のあり方のことだ。

若くあるためには、強い意志力と、優れた構成力と、激しい情熱が必要であり、

小心さを圧倒する勇気と、易きにつこうとする心を叱咤する冒険への希求がなければならない。

人は歳月を重ねたから老いるのではない。理想を失うときに老いるのである。

歳月は皮膚に皺を刻むが、情熱の消滅は魂に皺を刻む。

心配、疑い、自己不信、恐れ、絶望、これらのものこそ、成長しようとする精神の息の根を止めてしまう元凶である。

七十歳になろうと十六歳であろうと、人間の心の中には、驚異に対する憧憬や、星や星のようにきらめく事象や思想に対する驚きや、

不屈の闘志や、来るべきものに対する子供のような好奇心や、人生の喜びおよび勝負を求める気持ちが存在するはずなのだ。

人はその信念に比例して若くあり、疑いに比例して老いる。自信や希望に比例して若くあり、恐れや絶望に比例して老いる。

大地や人間や神から、美しさ、喜び、勇気、崇高さ、力などを感じることができるかぎり、その人は若いのだ。

すべての夢を失い、心の芯が悲観という雪、皮肉という氷に覆われるとき、その人は真に老いるのだ。

そのような人は、神の哀れみを乞うしかない。

〜サミュエル・ウルマン〜

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果たして、自分にあんな命懸けの一圧を人にして差し上げるなんてできるのか・・・無理かもな、、と努力したくない言い訳が出てくる時もあった。。

そんな弱気を断ち切ってくれたのが、この詩だった。

毎朝、この詩を読み自分を励まし、掃除にとりかかった。

今、想えば、あの時、あの場所にこの詩が存在していたのも神仏の計らいだった気がする。

そして、再びこの詩に巡り合わせてくれた神仏と人知人に感謝したい、、ありがとうございました。