タオ指圧入門修練コース体験談

(H・Kさん 男性)

タオ指圧入門コースの受講は、私の人生観を変えるものでした。
受講以前の私は人生を悲観し、老いや死を必要以上に恐れていました。
人生に明るい未来など描けず、希望などないと思っていました。

それがタオの教えやワークによって得た良い気の実感、仏教の教え、阿弥陀仏、浄土の実在を感じた体験などによって、人生は捨てたものじゃないと思えました。
以前より心穏やかに過ごせています。

タオ指圧の教えは、どれも普通に生活していたら気付くことがなかったであろう内容ばかりで、はっとさせられることが多々ありました。

一つは東洋医学的な世界観です。
私たちの持つ常識は自然科学が基礎にある西洋的な価値観が基になっています。
その常識のために東洋医学の書籍を読んでも抽象的で理解できませんでした。
ですがタオ指圧の講義を通して、自他の区別のない感性、人にとって本当に優しい生命観がどういうものなのか、その片鱗がわかったように思います。

一つは潜在意識の力です。
人が思う力が、私たちの行動や人の心にこれ程大きな影響を与えているなんて思いませんでした。心の状態一つで結果に大きな違いが表れることを実感できました。
気は潜在意識や言葉によって良くも悪くもなるのだということを体感して知ることができました。

一つは仏教についてです。
私は、仏教は思想的な学問的なものであって、一部の人が学べばいいものだと思っていました。しかし経典などを読んでみると、人が幸福になるにはどうすればよいか、救われる道はないか、どう生きればよいかを先人たちが2500年以上に渡って積み上げてきた智慧でした。

私は生老病死の苦悩の中にいて、救われる道があるのだということを知ったとき、良かったと心から思えました。ただ経典を読んだだけでは信じようとは思わなかったかもしれませんが、タオ指圧での体験があったために素直に信じようと思えました。感謝しています。

指圧に関してもとても奥深いものだと感じています。私は二年ほど前から理療科で学んでいます。ですが、そこで習う経絡や治療の知識はどうも違うと思いました。
2000年以上残っているものがこの程度のはずがない、人間の力はこの程度ではないと思ったのです。
そして、自分で経絡治療について色々と調べた結果、タオ指圧に出会いました。

施術者の在り方、患者さんとの向き合い方、気の原則、経絡の認識、施療のやり方など、どの教えも含蓄があり説得力がありました。
治療家として自分が打ち込むべきものはこれだという確信、自分にとっても周りの人にとっても良いものになるという確信が持てました。

タオ指圧との出会いによって、普通に学校に通い、そこで習ったものがすべてだと思っていたら出会えなかったであろう限りない世界があったことを知ることができました。これからその道を歩むことができることに感謝しています。

(S・Tさん 女性)

いつか勉強に行きたいと思いながらも環境が整わず、やっと、やっとの参加。
遠方(札幌)ということもあり迷いもありましたが、「いつかじゃなくて、今しかない」覚悟を決めての参加となりました。

一ヶ月目は、念願のタオ指圧が学べることに、ただただ楽しく踊り出したくなるほどの浮かれ気分。二ヶ月目が過ぎた頃、ある日ふとこんなことが心に浮かんできました。

「もしかすると、ここに来ることは私の人生ではじめから決まっていたことで、ここに導くために神さま仏さまが(今までの)試練や苦しみを与えたのではないか」
「そしてそのお陰で、時間はかかったけど、私は予定通り無事にここにたどり着くことができたんだ」
「だから、過去の出来事にむしろ感謝しなければならないのかもしれない」

そう思ったときから、自分の中に残っていた過去の出来事に対するネガティブな感情が、スッと遠くへ昇華してなくなったように感じました。

クラスでは、毎回テーマに沿ったグループワークや「今日の一言」などいきなり発言しなければならない場面も多く、元来口ベタな私には苦手なワークも多くありました(未だに・・・)
なので、そのうち「来月の一言はこの話しにしよう」と準備するようになりました(笑)

クラスでのコミュニケーションは、場が和むように笑いを意識したり、あえて自分の欠点やカッコ悪い部分を隠さず正直に出しました。サイテーの部分をさらけ出しても「しょうがないなぁ、もう」と多少呆れながらも(?)大目にみてくれる安心感がクラスの中にあったからです。

六ヶ月目の最終回、慣れるに従い型や技術にとらわれ心までマニュアル化していたことに気付きました。帰ってからは、「一圧、一圧、一念、一念」初心に返って新たな気持ちで仕事に取り組んでいます。

タオ指圧では、単に指圧の技術を学ぶのではなく、受け手の痛みにどれだけ真剣に向き合い共感できるか、さらにカラダの痛みだけではなく、心の奥底に抱えている苦しみをも引き受けどれだけ癒すことができるか、人としてどう生きるべきか、人としての真価が問われます。

そして、なにより自分自身が救われるのです。
心の痛みを経験している人は人の痛みに共感できる、タオ指圧の教えを学ぶにふさわしいと思います。

私はまだタオ指圧の教えの入口に立ったばかりです。
「どこまでも奥が深くて難しい世界、こんな私に果たしてできるのだろうか」という迷いもあります。でも、素直な心で教えを受けていけば、いつか私にも「人を癒す真のタオ指圧」ができると信じています。
「道を支え」「場に笑い」と「ユーモア」をもって、前に進んでいきたいと思います。

(K・Tさん 女性)

この半年間、自分の中も外もめまぐるしく変化していきました。
東京でクラスに参加していろんな気づきをいただいて、地元に帰れば日常のなかでもいろんな状況の変化がおこり、それに向きあっているうちにあっという間に次のクラスが近づいてきて、さらに東京に出向く直前になると不思議とからだのどこかに痛みが現れました。

潜在意識が顕在化してきたサインかな、なにかに気づきなさいというサインかなと思いながらクラスに参加すると、講義のなかで、そのひと月の間に向きあってきた問いに答えてくれるような気づきをいただいたり、ちょうど痛みが現れているところを圧す手技を習うことになったり…。

タオ指圧は潜在意識を治療することで運命をも転換するということを体感させていただいてる!と、毎回おこるシンクロに感動していました。

子どものころからずっと、こころと言葉のギャップに戸惑いながら生きてきて、言葉を介さずにいのちと関わりあえる道だと思って指圧を選んだはずなのに、クラスのなかでは何をするにも常に言葉とともにあって、しかもみんなの前で自分の思いを言葉にするという、とっても苦手な(笑)機会が一日のなかでも何度もあって、始めのうちは「続けていけるかな」と不安でした。

それでも、回を重ねるごとに、同じクラスの仲間たちと思いをシェアする機会が楽しみになっていきました。
月に二日間クラスを共有するだけなのに、会わないあいだにも成長されていくみなさんの言葉にたくさんの気づきをいただいたし、シンクロするところもたくさんあって、「こうして出会えたのもご縁だったんだな」としみじみ感じました。

クラスが終わった後のお念仏や法話ライブのときには、先に道を歩まれている先輩がたと語り合うこともできて、素直に自分の思いと向きあい、それを言葉にすることに抵抗がなくなってきて、自分がどんどん解放されて軽やかになっていくのを感じました。

すべてのいのちが生かしあうあたらしい世界を共に創っていける仲間たちと出会いたい、一生かけて深めていける道を歩きはじめたいと願って、タオサンガにその光を感じてこの入門修練コースに参加する決心をしたのですが、この道を選んでよかったな、これからもこの道をともに歩かせていただきたいなと思っています。

これまで道を求めて遍歴してきて、こころの奥にいつも大海に漂う小舟のような心細さを抱えてきたけれど、いまは、まだ漂いながらも、導きの星を見つけたような安心感を抱いています。

それに、タオサンガの活動は指圧にとどまらず宇宙と共創するアートだから、これまで体験してきたことすべてを生かすことができる、これまでのすべてが必要な体験だったんだと思えて、ワクワクしています。

講義のなかでいちばん印象的でいちばん腑に落ちなかったのが、「抱我」です。
抱我とは我が無い状態ではなくむしろすべての我を自らのうちに認識し抱くこと?仏さまに抱いていただくこと?無限向上の仏とひとつになり続けるということ?自分なりに言葉にしてみても、まだピンとこないでいます。

ただ、「抱我して聴くワーク」では、いろんな気づきをいただきました。
相手の話を聴きながら、「わたしもそういう思いにとらわれていたことがあったけど、ちゃんと向き合ってクリアしたから、『いま』はもうわたしのなかにはない」と思いたがっている自分がいることに気づきました。

自分というこの境界がもどかしくて、すべてのいのちとひとつになりたいと願いながらも、深いところでは境界があることにほっとしている自分がいることにも気づかされました。

そのうえで、自分の我のブロックを認識したうえで、光だけで自分を満たそうとしなくていいんだ、すべてが「いま」も自分のなかにあっていいんだ、善悪の分別せずに自他の分別せずにただただ共感して聴いたらいいんだと、こころが軽やかになりました。

そして、これまで自分の切心に気づかずに相手の切心にばかり意識を向けていたから、ことあるごとに相手の我の奴隷になっていたんだ!とハッとしました。
これからは自分の切心をまっすぐに見つめよう、認めよう、ただそれを突破して、光に転換すればいいだけなんだから…と、ネガティブなものから目を背けがちな自分に何度も言いきかせました。

抱我のワークを通して、相手の話を「100%我がこととして聴く」ことはこれまであまりできていなかったけど、相手の未来の良き種となるポジティブな言葉を「100%我がこととして伝える」こととなると、これまでほとんど意識してこなかったことにも気づかされました。

そして「100%我がこととして伝える」ことができたとき、相手だけではなく自分自身の意識の転換もおこって癒されることを感じました。
治療者のこころのありかたが、日常のあらゆることのなかに現れてくる…。
日々の修練を大事にしたい、このワークも続けていきたいです。

自分の切心を通じてこそ、仏さまと相手をつなげることができる。ツボとは固定して「ある」ものではなく、治療者の切心による共感的想像によって「現れる」もので、仏さまへ向かって無限に「ゆるみをとる」ことで、カルマの種が幸福の種に転換する…。

そう教えていただけて、これまでのすべてが無駄ではなかったんだと思えてこころが軽やかになるとともに、治療者としてのこころのありかたがダイレクトに影響するからこそこれからの道のりの果てしなさも感じました。

相手も自分も100%仏さまにゆだねることができたとき、抱我できたとき、どんな世界が開かれるんだろう…。
そういう世界に憧れて道を求めてきて、まだまだ想像するだけで実感がともなわないのですが、クラスのなかで、講義で習ったことを様々なワークを通してその場で体感することができて、たくさんの兆しをいただけました。

それに、指圧の手技だけでなく練氣や氣心道、お念仏を通して、仏さま⇔ツボ⇔腎経⇔丹田⇔腎経⇔湧泉⇔地球という宇宙の循環とひとつになる方法や、宇宙の氣の原理を体感する方法をいくつも教えていただけて、日常のなかで修練していけることが本当にありがたいです。

ここひと月くらい向きあっていたのが、「与えたからみかえりをもらうのが常識だと思ってきたけれど、本当は逆で、すでに与えられているからこそ与えることができるのでは?」という問いだったのですが、8月のクラスのなかで「懺悔と感謝のワーク」をしながら、また答えをいただけたと感じました。

わたしたちは誰に与えられているのか? 仏さま、宇宙大霊に。
いままでどうして宇宙大霊の大愛を100%信じることができずにいたのだろう?
世間の洗脳を受け入れていたから、世間の奴隷になっていたから。

まだこのブロックを突破できない自分がいるけれど、突破できたら、100%信じることができたら、明るい未来への「今」を100%生きることができるのでは?という予感があります。

なんのために私は生まれてきたのだろう…自分の使命を知りたくて遍歴してきたけれど、クラスのなかで、「鏡」という言葉に惹かれました。
道に信を抱くとき、宇宙的という鏡を目の前に置くことになると。

「宇宙的な鏡」でありたい、それが自分の使命なのでは?それでは、道に100%信を抱くことを求めよう。

「道」とは?「真の道は、自分が突き進んだその先の一瞬にしか出会えない」とタオの詩のなかにありましたが、世間に翻弄されずに自らのうちなるタオ心を信じる、仏さまが自らのうちに存在すると信じ続ける。

それは、影響を受けやすいわたしには果てしないことのように感じますが、これからもタオ指圧を学び続けるなかで、「宇宙的な鏡」に近づきたいです。そして、「大円鏡智」の世界、一切が照らしあいわかちあう世界に近づきたいと願っています。

(T・Mさん 女性)

強い力で押されても、心の持ち方次第で根が生えたようにびくともしなかったこと、相手が切心の心で隣にいてくれるだけで、体が軽くなり、安心してとても満たされた気持ちになれること等々ワークではとても不思議な体験をしました。

自分も相手も否定せず受けいれること、場に責任を持つこと、心の状態・言葉・イメージによって氣が変わり、私たちのより善い未来を作り上げていけること、相手の最善を願い続けて施術することで相手の邪気を正気に転換することができることなど、どれも私にとって至宝の教えでした。

また手技は基本手技を一通り教えていただきましたが、瀉・補の圧の絶妙な作用や超脈への施術といったこれも私が今まで経験したことのないものでした。

治療家でも何でもない私ですが、こんな私でも心の持ち方ひとつでできることがたくさんあるんだということを実感し喜びを感じることができました。

指導していただいた先生、入門コースでご一緒した皆さま、ありがとうございました。

(H・Yさん 男性)

なぜタオ指圧に巡り会えたのか、今思うと不思議で仕方がない。
自分の体調を崩したのがきっかけで、色々と体に良いことを調べているうちに行き着いた感じだった。

実際にコースが始まってみると、氣を体験するワークから始まり、氣の不思議さを感じた。
氣を発する側の心の状態ひとつで、その発する氣の状態に変化を起こることを感じることができたからだ。

良い氣の状態は、相手にとって温かいし気分が良いので、そのような氣を出せる心の状態を意識していきたいと思っている。それには自分の心をよく観察していく必要があるし、それは時には苦しい場合もあることを学んだ。

自分の心を観察する手段として仏教修行を行うことで、発する氣がよりクリアになって、相手に届くのだろうと感じている。

この6カ月間の学びはあっという間に過ぎてしまったように感じています。
武道による氣の修練、念仏行、手技と内容の濃い日々で充実していました。
最初の内はぐったりしていたのを覚えています。

初回の時には硬い手技が、6カ月目には多少は慣れてきて成長を感じました。
タオ指圧で学んだことを日常の生活でも行っていきたいと思います。

(O・Tさん 男性)

実際に臨床で経絡指圧をベースに治療に携わっている中で、より自分のスキルアップをというものを目的にお世話になろうと思ったのがきっかけでした。

ここで学んでいくワークが進むに連れて自分が自分の我と向き合うことで、恐怖、不安、恥ずかしさ、苦しさを目の当たりし、それ自体は存在することだが、プライドが邪魔し受け入れられていなかったり、自分、自分、自分ばかりで人のことを考えてこれなく、相手に分け与えることで自分の癒しとなりそして相手の癒しともなることであったり、普段では感じられない不思議な感覚の6か月間となりました。

最初の1〜3か月は勉強会や講習、本や師からの教えの中で、それなりに知識としても知っているつもりなってしまっていたり、臨床での経験から自分はできているものと思い込んでいました。

後藤先生やミクさん、受講生の皆さんと出会い、皆さんで一つの目的であるタオ指圧を学び、意見をシェアすることで、今までの自分が想像していたものとの違いに気づき、どれだけ頭でっかちとなっていたかと恥ずかしくなりました。

皆さんと同じ場で学んでいくにつれて、各々感じていることだったり、自分が発言することが相手のことだったり、自分の分身に見えたり、皆さんの意見が自分に言ってくれているように感じたり、自分一人で抱えていることではないと気持ちが楽になっていく自分がいることを感じました。

指圧という物理的な行為であるのに、押し方の技術や経験ではなく、そもそも人の在り方を知り深めていくことが相手の無意識の転換となり、お互いが良い影響下のもと充し癒されることなのかと、今まで知識や技術として学んできたことはなんだったのかと考えせられてしまいました。

タオ指圧は自分にとって、生きるという生命の光となる基盤になっていくのではないかと感じています。
そもそもの自分の使命だったり、在り方を記し導かれているような感覚でいっぱいな学びとなっていると感じました。

皆様いつもありがとうございます。

(T・Sさん 女性)

現代医学は病気を敵に見立ていかに効果的にこれを倒すか、という発想のもと病気治療を担っている。

そこには人間の最も俗な部分の一つ、すなわち「暴力」という人間の本質に根づいたものがあるように思う。
だからと言って「暴力反対」と口にすることはたやすいが、ただそれだけでは単なる弱者の悲鳴でしかないだろう。

ところが同じ病気治療という行為から出発しながら指圧療法、その発展形態のタオ指圧は「調和」「慈悲」「悟り」こそが本質であり、それを目指すためにこそタオ指圧の修行が存在すると考えたのは、入門コースを終えた人の中でまさか私一人ということはないだろう。それともこれは単なる美化でしかないのだろうか?

しかし、これが現実であれば、タオ指圧は現代の暴力医学に対して大きな問いを投げかける可能性を秘めている。

現代医学は確かに素晴らしい。病気という敵を現時点で最も進んだ化学兵器で退治するのだ。なんでも科学的に分析し、クローン人間をも創る能力を手に入れた現代人にとって所謂巷の代替医療は骨董品としての価値しかないことになり、せいぜい慰安として人々のストレスを発散させるくらいが関の山だろう。

これに対してタオ指圧は、駆け引きやあらゆる対立構造を超えて自分と患者がともに大いなるものと調和し両者、あるいは三者が一体となって心身が解放されていく。

自分は宇宙大霊の大いなる癒しの中に住して宇宙と一体となり自己と患者との調和によりあらゆる対立構造を解消させてしまっている。

それは日常世界における病気治療という、現代医学が何一つ疑問をさしはさまない闘争・対立の構図の中でにあって「和」「慈悲」「懺悔」といったものを精神主義的でなく具体的な技術と通じて実践してゆく過程であり、魂の創造行為とでも呼びうるものである。

人間の本来的に潜在する力を呼び起こし、具体的な力として表現することによって人間同士が互いに共鳴していける新しい出会いの方法。治療の中で人間の存在と存在、そして宇宙大霊が共鳴し合い混沌から調和が生み出される…。
タオ指圧が示すのは今までの現代医学とは全く違う古くて新しい医学なのだ。

これに反して私たちの日常生活とは互いにぶつかり合って強いものが弱いものを倒すという現代医学と同じ発想のもと成り立っている。
それを拡大したものが世相であり私たち一人一人にその責任が重くのしかかっていることを改めて認識するべきだ。

社会、国家、世界を構成する単位は私たち一人一人であるのだ。その私たちが日常の生活すら「対立」という図式でしか過ごせないとしたらその反映である社会から争いをなくして平和を!などというのは永遠に無理、むなしい理想論に終わってしまう。

むろんここで述べていることは「タオ指圧を人類全部が学べば世界は平和になる」的な短絡的思想ではない。

だがタオ指圧は病気治療というあいまいさの入り込む余地のない状況の下多くの優れた結果を出してきた、今も出し続けているメソッドであり、タオ指圧を通じて生命そのものをダイレクトに扱う優れたシステムなのだ。
現代に生きる我々がタオ指圧に学ぶことはあまりに多いといえる。

新しい生き方、文化は人間の心身を抜きにして語ることはできない。タオ指圧は治療=対立という図式がまかり通る医学界にあって「精神、身体を含めた人間性全体の調和」という大倫花を咲かせた具体的な実例としてその存在意義は大きいといえる。

こうしたことを単なる机上の空論や哲学的夢想ではなく、自分自身の心身を持って実際に行じ、体現するところにタオ指圧の素晴らしさはある。

タオ指圧の発想を日常生活に本当に浸透させていけばすべての対立構造を相互補完的、有機的統一体として変容させる道を歩むことができるであろう。
私が探し求めてやまない一つの頂がここにはある。

半年にわたる修練コースで私が思ったことは多岐に渡るが、文章にすると言いたいことの十分の一も伝わらないのが現状だ。ご指導いただいた先生方並びに同窓の士、そして拙い私にこの道をあゆませんと導き給うた宇宙大霊に感謝の意を表すと共に筆をおくことと致します。
ありがとうございました。

(N・Rさん 男性)

タオ指圧のパンフレットを、渋谷の古本屋の片隅に、おそらくはたった一枚置いてくださった何処の誰とも知れない方に、まず感謝します。
このチラシに誘われて自分は、とびきり不思議で素晴らしい世界へ来てしまったようです。

3月の始め、教室でまずいきなりコミュニケーション・トレーニングをやった。
二人または三人で、相手の印象に残った話や想いを聴き、それを感じ、その感じを言葉にしてみる。そしてそれをまた相手が答える。

「あれ、俺ここに何をしに来たんだっけ。指圧を習いに来たはずだけど」と、やや戸惑った。しかし、基本手技を習っていく中で、そのような戸惑いは消えていった。

指圧は、圧すことを通じて患者さんの心と体に共感する医療であるとされる。
だから、指圧では施術者と受け手の充分なコミュニケーションがその核とならねばならないのだ。

指圧は、その当初はコリを指で押しつぶす、筋肉の力で圧すものとして一般に流布していった。しかし、それでは人を力で説得し、ねじ伏せるようなもので、相手の内的な治癒力を誘発することにはならない。力づくではいけないのである。

それから、相手を圧すとき、相手の幸福を願い、部屋にいる皆の幸福を願い、世界全体の幸福を願う。このことこそが場の持つ治癒力を高めてゆくことになる。

これは、氣のからだトレーニングをすることで感じることが出来る。人の氣のからだは、約2メートルくらいだ。これを自分の掌で触れて感じることが出来る。この体験は新鮮な驚きであった。

手技の勉強の前後に皆で唱える念仏も、これに慣れてくるとこころの浄化、安定、準備には欠かせないものとなった。
「全身全霊で」あるいは「心を込めて」というが、それが一体どういうことなのか・・・、上肢に氣を込め、丹田に氣を入れ、重心を落とし、下肢に氣を流す。こういった動作の一つ一つが正しくなされないと、相手の身体の深層には響かない。

改めてタオ指圧の奥深さに気づくとともに、ひとりひとりの生命の尊さを実感した貴重な6ヶ月間であった。

(N・Kさん 男性)

はじめに、今回6ヵ月に渡って一緒に学んだ仲間たちと、サポートして下さった門下生の方々、全身全霊でもって教えて頂いた後藤先生に感謝いたします。
月火クラスは少人数でしたが、おかげでアットホームな雰囲氣の中、リラックスして学ぶことができました。

私にとって入門クラスで学ぶのはこれが2回目になります。
前回は数年前のことになりますが、何がなんだかわからないまま終わった半年だったように思います。

前回は自分が試されているような問われているような氣がして、指圧をするのが怖かったのですが、今回は全体の流れがある程度わかっていることもあって、クラスについていきやすかったのと、前とは心の状態が違ったのか、素直に学ぶことが出来たのではないかと思います。
手技に関してもずいぶん身体が覚えているものだなと思いました。

タオ指圧の学びでやはり大きいのは、心の持ち方に関してだと思います。
氣は心の状態、言葉、イメージに従うと最初に教わりましたが、本当に氣によって身体が変わり、強くなったりしっかりしたりして、変わることを実感できました。
それでもまだ信じられないというか、不思議な感じがします。

普段は意識しないとネガティブに考えたり反応したりしてしまい、氣が落ちてしまうのが当たり前だったのですが、常に意識して氣を向上させようと思って過ごした半年だったと思います。

実は今回のクラスへの参加は予定にはなく、突然決めたものでした。
今年に入るまでは全く考えていなくて、なぜか急に思い立って3月の「氣の幸福力ワークショップ」に参加し、その講座が終わる頃には入門クラスへの参加を心に決めていました。

さすがに何の準備もしていなかったので一晩考えようと思ったのですが、夜が明けても参加の意志に変わりはなく、むしろ入門クラスで再び学ぶことが自然なように思い、こうして半年経った今感想文を書いています。

どうしてこういう流れになったのだろうと考えるのですが、実は身近にいる方で、心や身体に痛みを負ったその人のために、宇宙大霊によって導かれたのではないかと、こじつけかもしれませんが、勝手な解釈をしています。

その方との関係を通して何がタオ指圧の学びで大事なのかと振り返ると、やはり切心をもって相手と接することと、相手の最善を願う利他の心なのではないかと思います。

また、氣のワークでもありましたが、与える側だけでなく、受け取る側の心も大事なんだなと痛感しました。
これは手技にも言えることですが、一方通行ではいけないんだなと。

このことは私と宇宙大霊との関係についても同様で、おそらく宇宙大霊は、私への、生きとし生けるもの一切への惜しみない慈悲の心を向けておられるのだと思います。
それを受け取る側の私がイヤイヤと拒否していたり、それを受け取る価値が自分にはないのだと心を閉ざしていたら、せっかくのありがたい賜物も受け取れなくなってしまいます。

最後になりましたが、6ヵ月のクラスの終わりで、後藤先生から氣のきいたメッセージカードのプレゼントがありました。

私が引いたカードには、正に私のために用意されたと思える言葉が書かれてありました。
(えつこさんとかぶり、譲ってもらったものでしたが、その後えつこさんが引かれたカードの言葉を読まれて涙されていたので、これで良かったのだと思います。)

『良い運命の主人公になりたかったら、心の中に感謝と歓喜を持つことだ。
感謝と歓喜に満ちた言葉と行為は、人生の花園に善き幸福という実を結ぶ。』
~中村天風の言葉~

(K・Mさん 女性)

半年前、入門クラスの受講を決めた時は、仕事ではじめたばかりの整体に自信がなく、性急に形ある何かで補強したいという下心もありました。

しかし、タオ指圧は、自分が仕事でおこなっている指圧とは別次元のものであり、仕事でいっぱいいっぱいのところに新たなタスクを抱え込んでしまった感がありました。

コリを親のかたきのようにぐいぐい攻める職場での指圧と、人と自分の氣の融合させるタオ指圧は真逆のものと言ってもいいかもしれません。

しかしタオ指圧を知らなければ、人の体を「物」と見なしている自分に氣づくことさえなく、今の仕事を続けていたのでしょう。怖いことです。

とはいえ、頭で理解したつもりでも、一時間、切心をきらさないでいることの難しさ。お客さんの体と向き合っていても、ふとした拍子に自信を失うと、雑念が入りダークサイドに堕ちてしまう。

心にも癖があり心の修行にも時間がかかるという、氣づきの入り口に立ったところという氣がします。

入門クラスでは、眠ろうとする自分を抱我しきれずに、寝坊したり、朦朧としたり、変な笑いがとまらないこともありました。
夜勤明けの変なテンションだったと思って許していただきたいです。そんな自分にも常に暖かかったみなさんの、肯定的な氣に引っ張られて半年過ごしました。

先生方、タオ指圧の名のもとに集まった仲間と、肯定的な空氣に溢れた空間にいることは、ここちよかったです。

後藤先生、道場のみなさん、同期のみなさん、半年間ありがとうございました。

(M・Kさん 女性)

私は、第二の人生を施術をとおしてお役に立ちたいという想いから、ある先生について手技を13年間仕事をしながら、お休みの日に学んできました。

これまで、出会ったお二人の方に、タオを教えていただき、東京に仕事で参った際、施術をしていただいていました。

そのようなご縁で今回、早期退職し、入門クラスを受講いたしました。

後藤先生の講習は全身全霊と感じます。前しかむいていないお姿。また、おおきな
愛でクラスの全員を見守ってくださいました。

「経絡は、その人の心の中にある」ということ。宇宙大霊に見守られていること。
自らのありかた(切心・三宝・懺悔)が大事ということ。相手を、自分を、氣のからだとして癒すこと。

クラスを受講する以前から、遠藤先生のご本を読ませていただいておりましたが、
受講して、何回も何回も繰り返し教えていただき、遠藤先生のお教えに一歩だけ
近づくことができたかもしれないと感じています。

クラスで出会ったみなさんとも、必然・ご縁を感じ感謝いたします。

相手の経絡を感じることが後半からの入門クラスの目標になっていました。目標は未だ達成されておりません。これからも継続して学んでいきます。
後藤先生、サポートしていただいたタオの皆様に感謝いたします。

(M・Eさん 女性)

その場では 先生のお話に 『ウンウン』と わかったつもりになって居ましたが 今になってノートを読み返してみて、半分も理解も納得も出来ない自分にビックリとガッカリです。
ですが…。

『今の自分は 半年前の自分より心の中が穏やかです。』
イロイロと思う所はあるのですが、上手く文章に出来ませんでした。

クラスの内容としては 毎回毎回、盛りだくさんで、もう少しユックリ進めてもらえたら良かったかなと思いました。先生へ質問や疑問に思った事を聞ける時間が欲しかったです。
とても貴重な半年間を過ごせたと思っています。
ありがとうございました。

 

タオ指圧入門修練コースの詳細日程ページ。
詳細日程ページへ >>

受講のお申込みは、お申込みフォームから。
お申込みフォームへ >>

お問合せは、お問合せフォームから。
お問合せフォームへ >>

↓電話でのお申込み、お問合せも受け付けています。
お気軽にご連絡ください。

【東京会場のお申込み・お問合せ】
東京タオサンガセンター:TEL 03-3385-7558

【京都・名古屋・福岡会場のお申込み・お問合せ】
京都タオサンガセンター:TEL 075-551-2770