タオ指圧の創始者は、遠藤りょうきゅう住職。
東洋医学の根幹である気と経絡、ツボの秘密とその実態を解明し
生まれた手技療法です。タオ療法の臨床家や教室は、世界八か国に
あり、日々世界各地で、その治療効果が実証されています。

タオ療法HPはこちらから http://taoshiatsu.com/

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シスターとの出会い
 

ローマの東洋美術館で、自ら漉いた紙で作品を作っている方の個展が開かれていました。
お世話になったその方の個展会場で、偶然いらしていたシスター・パチスという方と、そ
の時私は初めてお会いすることになったのです。
パチスというのは、イタリア語で、平和という意味です。なんと、私の仕事先のすぐそば
にある教会で、宗教画であるイコンを描き続けている方でした。
彼女は、終戦の年に日本で生まれた韓国の女性です。「四人姉妹の中で唯一誰もならなかっ
たから」という理由でシスターを選んだとおっしゃっていました。そんな言い方の中に、
何か複雑な思い、それは家族の中で、また日本という国の中で、あの時代であったからこ
そ対面せざるを得ない複雑な思いがあったのではないか、そんなことを感じずにいられま
せんでした。

彼女は小柄ながらもとてもエネルギーに溢れた方でした。しかし、色々と世間話をするう
ちに、実は体がつらい状態であることが分かってきたのです。
それは… これまでイコンを描いてきて、目を酷使し、特に金箔の光がまぶしく、そのた
めに視力が落ちてしまったこと。肩が張っていること。頭痛や吐き気、めまいもあるとい
うこと。さらに、血小板の数値が高く、その薬の影響で白血球の値が下がってしまい、熱
い季節は特にこたえてしまうこと。お通じもスムーズでなく、体が冷えやすいこと。等々…

そんな彼女に、私がタオ指圧の話をすると大変興味をもたれたのでした。
「教会のほうに許可を取るから、また連絡します」と彼女。
再会を約束して、その時は別れたのでした。
当初、教会でのシスターたちの生活は想像もつきませんでした。後で知ることとなるので
すが、勝手に出かけたり、治療を受けたりすることもできないというものだったのです。

4回の施療を通して
 

しばらくして、シスターから連絡がありました。4回の治療許可が下りたこと、その費用も、
まとめて教会のほうから支払われるというものでした。教会のほうへ私から訪ねていくこ
とは、予め話を取り決めていました
“4回”とはじめから決められていた事に、やや不安がなかったとは言えませんでした。
ただ、それよりも、シスターとして生きることは、こういうことも自分の自由意志でなく、
教会からの許可を得て決められるということなのだと驚かされたのでした。
初めての施療の際には、体の声を聞くように、緊張をとるように心がけ、「はじめまして」
と心の中で挨拶をしながら進めていきました。
2回目、3回目と続く中で、彼女から施療中に、「アー、体が熱くなってきた」、「こんなと
ころに響いてきますねえ!不思議ですねえ!」、「こういう風に体はつながっているんで
すねえ」などと声があがりました。私は彼女の体の敏感さ・デリケートなことに驚かされ
ました。そして、さらなる感謝の気持ちで施療させていただいたのでした。
その後、目の調子、肩こりもずいぶん快方に向かい、お通じや冷えはすぐに解消されたと
いうことでした。その早さに私も大変うれしく、有難かったのでした。
このように早く効果が表れたのは、「もしかしたら、シスターが信仰の道を歩いていらっし
ゃったことも理由のひとつなのでは?」と、そんな思いがふと私の心に浮かんできました。
私も精一杯施療をさせていただいたのですが、受ける側のシスターの精神性によるところ
も大きかったのでは? いつも奉仕の心で、他に良きことをと願いながら日々送っていら
っしゃるシスターの、心の開き方とでもいうのでしょうか…、そんなふうに感じずにいら
れませんでした。

一方で、いくら自分で選んだ道だったとしても、生い立ちのこと、そして他のシスターと
祈りの心は同じであったとしても、教会で決められた時間の中で暮らすことや、食の習慣、
国民性の違いなどが、知らないうちにストレスとして体に溜まってしまうこともあるので
はないか? そんなことも感じずにいられませんでした。

今になって、シスターと出会った数々の偶然を思い起こすと、”ご縁“という言葉の意味を
しみじみと知らされる思いでいっぱいです。
事実、その後多くの子供たちを連れて、テンペラ画の実習や焼き物の体験に教会へお邪魔
することができるようになりました。
芸術を通して、弘通活動をすることを一生の仕事となさっている、シスター・パチス。
人生の先輩として、これからも感謝の心と共に、さらなるご縁をつなげていきたいと思っ
ています。

記/ 三浦生愛 (三浦・せいあ)