「疑い」ではなく「問い」を持つこと

執筆者 | 8月 10, 2016

ずいぶん前に聞いた話ですが、猿は自分の認識を越える出来事が目の前で起こると、それを見ても見なかったことにして、その場から離れるのだそうです。

関わるのはやめておこう、と思うのでしょうか。
その場面を想像すると、かなりおかしくなります。

それは人間も似たようなもので、自分が理解できないことや認識出来ないことを言われると、無視するか、または攻撃的な態度になるそうです。
そんなことないと否定したり、あるいはそれは嘘だと疑いを向けたり。

これは自分を振り返っても、思い当たることが多々あります。確かにそうだなと思います。我が抵抗しているということでしょう。

タオ指圧の講習会をやっていても、そのようなことを経験することがよくあります。

たとえば、タオ指圧ならではの経絡のとらえ方や、タオ指圧独特の手の使い方の手技があります。
それらを説明しているとき、聞いている方の態度には二つのものがあります。

一つは、「何、それ?」というような否定的な態度。
もう一つは、「そういうとらえ方があるんだ!」とか、「そういうやり方があるんだ!」と、身を乗り出すように聞いてくれる態度。

せっかくなら、好奇心をもって聞いてくれたら良いのに、と思います。
今、自分の目に前で起きていることに、これまでの知識や経験を照らし合わせて、ネガティブな態度や否定的な気持ちで受け止めるのは、とてももったいないことだと思います。

いろいろな出来事に出会ったとき、その場ですぐに答えが見つからないことはたくさんあります。それらに対して、否定的な気持ちで疑いを向けるのか、それとも好奇心をもって「問い」を立てるのかで、未来は大きく変わっていくのではないかと感じます。

「疑い」ではなく「問い」を持つことが、未来を明るく豊かに創造していくのだと思います。