津田卯一少年と三上和志さんのエピソード

執筆者 | 1月 23, 2015

仏教学者の紀野一義さんが、昨年、12月28日に遷化された。

半端じゃないほど情に厚い方だった。

膨大な著書の中に、維摩経/佛教講座(大蔵出版)があり、その本の中に何遍、読んでも胸がしめつけられる「津田卯一少年と三上和志さんのエピソードがある。

長いが、全文を載せたみたいと思う。

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人間を信じたいと思って大事にしたら、背中を向けられた。腹が立って悪魔のように見えてくる。ところが、その人は人間をそう簡単に神様みたいに考えたりすると、とんでもないことになるぞ、ということを教えてくれたことになる。

人間というのは、一筋縄でも、二筋縄でもゆかぬのだから、よく人間の裏の顔を見なさいと教えてくれるわけである。

そういう人を大事にしなかったら、他に大事にする人はいないはずである。自分にいやな思いをさせてくれる人は大事にしなくてはならぬというのである。

三上和志さんの話しの中に素晴らしい話しがある。

三上さんが、ある病院に講演に行かれた。話しがすんだあとで、院長が言った。

「今日は、何処かよそへおまわりですか?」

「何処へも行きません」

「それではもう一人、話しを聞かせたい人がいるから、お願いできますか。」

と、言って、白いガウンとマスクを持ってきた。話しを聞かせたい少年は、結核の末期で十日ほどで死ぬのだそうである。

三上さんは、ガウンもマスクもつけずに行く。部屋に入ると、少年は向こう向きに寝ていた。

院長さんが

「具合はどうだい」

と言っても、知らん顔している。どんな少年かと思って、足下から回って顔を見たら、世にも憎たらしい顔をしていたそうである。

三上さんは、こんな顔をした子は普通に言ったのではだめだと思って

「おい、どうでえ」

と言った。それでも返事をしない。

「せっかく見舞いに来たんじゃねえか、なんとか言えよ」

「うるさい」

これはとても、だめだと思って、出口のところまできて、ヒョッと後ろを振り返ったら、少年が燃えるような眼をしてにらんでいた。

三上さんは、これは、寂しいんだな、、と直感した。そこで院長に、

「わたしは、今夜はここへ泊まるから」

と言って残った。少年のそばへ行くと

「おっさん、おまえもものずきやなぁ」

「ものずきでも何でもいい、、、おまえ、どこで生まれたんや」

「大阪や」

「大阪のどこで生まれた」

「そば屋や」

「おっかあは」

「死んだ」

「おやじは」

「知らん」

ずいぶん徹底している。そば屋の手伝いの女の子のところへ、大工の手伝いが遊びに来て、子供ができた。それが、この十九歳の少年である。

母親は、この子を産んで死んだ。子供を孕んだら、若い男は何処かへ行ってしまった。親の名前を知らぬのである。みなし子になって、戸籍がない。そば屋が戸籍を作ってくれて、十二の時に引き取ってくれた。それから人が食って残した、ソバやうどん、ばかり食って生きてきた。

「おっさん、人間というもんはよくしたもんや。人の食い残しを食っていても、大きくなるもんや」

と言う。十四の時に家出した。それから、お寺の縁の下、お宮の縁の下に隠れて、賽銭を盗んで食べてた。

「ところがなぁ、おっさん。この頃、お寺は不景気やから、賽銭があまり入っとらん。それで新興宗教の賽銭箱を狙って捕まった。」

警察で調べている中に結核の二期だと分かったので、すぐに、その病院に回されたのである。それが一年前で、それからどんどん進行して、もう死ぬ十日前だったという。

三上さんが、

「おまえ、晩飯は?」

と言うと

「今に賄いが持ってくる」

「それじゃ、ワシがとりに行ってやろう」

賄いに行くと、四角な皿におかゆが入って、紫色に変わった梅干しが二つ、たくあんが二きれ。スープは?と聞くと、吐くから支給しないと言う。それを持ってかえって、食べさせようとすると、

「おっさん、いっぺんに食わしたら、俺は吐くぜ」

と、威張っている、。

一口入れたら、一口飲ませてくれという。半分食べて、

「おっさん、もういらない」

と言うので、お膳を引いた。 すると

「おっさん、おまえの晩飯は?」

「わたしは勝手におまえのそばに残ってるんだから、晩飯はいただかないと、ことわってきた」

「晩飯はそこにあるじゃないか」

あるのは少年の食い残しである。ギクリとして

「箸がない」

「サジがあるやないか」

結核の患者が死ぬ十日前であるから、サジにも粥にも菌がうようよしている。これを食べねばならぬか、と思って、膳をそろそろ引っ張ってきた。合掌したきり、しばらく手がおりなかった。とうとう食べる決心をして、一口入れたら、吐きそうになったという。やっと呑み込んで、二口目も吐きそうになった。三口目にやっと喉を通って、おしまいにはうまかったという。

それをじーっと少年が見て

「おっさん、食べてくれたなぁ」

と言った。

「おっさん、俺の食い残しを食ったのはおっさんが二人目や」

三上さんはびっくりして、

「一人目は誰や?」

と聞いた。

一人目は、お寺の縁の下に住んでいる時、九つぐらいの女の子が泣きながら来た。豆腐屋の娘で、継母にいじめられて逃げてきたのである。お腹がすいているというので、自分のアンパンを半分わけてやった。

「兄ちゃん、くれるの?と言いやがんだ、馬鹿たれが、、」

「やったら、、兄ちゃん、ありがとうって言いやがるんじゃ、、馬鹿たれが、、、」

その子が嬉しそうに食べているのを見たら、かわいそうになって、人にものをあげたことのないこの少年が、あとの半分もやったと言う。

「、、それ食べたら、兄ちゃんのがなくなるやないのと、言いやがった、馬鹿たれが、、」

この少年は、嬉しいと馬鹿たれが、と言うのである。

「それで半分やったら、嬉しそうに食いやがった、、、それでなぁ、おっさん、わしの縁の下に泊めるわけにゆかんから、とにかく家へ帰さにゃいかんと思って、帰らにゃなぐるぞ、と言って、その子の家の前まで追い立てて行った。そうして、一人で縁の下へ戻ってきたらなぁ、、おっさん、、、またひとりやった、、、」

三上さんは、たまらなくなった。足でも撫でてやろうとふとんをまくったら、臭くて、人間の足ではなかったそうである。それを、そろそろ撫でていたら

「おっさん、おまえの手は女みたいにやわらかいな」

「ばかなことをいうな。俺の手は男の手や、何がそんなにやわらかいもんか」

「そんなことはない、おっさんの手は女みたいにやわらかい、、、おっさん」

「なんやい」

「おっさんを、おとっつぁんと呼んでいいか」

生まれてからこのかた、おとっつぁんも、お父さんも呼んだことのない子である。三上さんに撫でられている時、しみじみ、お父さんが恋しくなったのであろう。

「よかったら、言いなよ。わしでよかったら、返事するぜ、」

おとっつぁん、、、と言いかけたら、生まれて初めて言うのである。興奮して、血をはいたり痰をはいたりしながら、

やっと

「、、おとっつぁん」

と言った。それから、おとっつぁん、おとっつぁん、、の言いづめであった。夜中に便を五回とったそうである。

小便を四回と大便を一回。その大便をとった時、腸が二センチほど、外に出た。それを押し込もうとして

「紙はないか、」

「こにある」

というから見たら、新聞を切ったのが机の上にある。しかたがないから、それでそうっと押しこんだ。痛い痛い、と泣くので、

「なに、男がこんなことで泣きおって、」

と怒った風をして押しこんだ。それでもう、ほんとにおとっつぁんと思えるようになったのであろう。

夜明けが近づいてきた。

「おとっつぁん、世が明けてきたな」

「うん、明けてきた」

「もう、帰るんじゃろう、おとっつぁん、、、出ていく前に俺に話しをしてってくれ」

と言った。

それで三上さんが、喜んで、こんな話しをした。

「おまえは人間がどうして生まれてきたか知ってるか」

「そんなことは知ってらぁ、男と女があったら、子供は生まれらぁ、」

「そんなんじゃなくて人間がどうして生まれたか知ってるか、、」

「、、知らない」

「人間いうものはなあ、誰かの役に立つために生まれてきたんだ。だから、この世に生まれてきた者は、自分のそばにいる人を、しあわせにする義務があるんだ。おまえだって、自分のそばにいる人をしあわせにせにゃいかんのや」

「おっさん、そんなこと言っても無理や。おれ、死ぬんぞ、もう動けんのだぞ。人の役に立つって、何ができるかい」

「できるわい。おまえはな、みんなに邪魔にならんように工夫するんじゃ。ろうそくはな、自分の体を焼き減らしてまわりを明るくするんじゃ。おまえも自分の体を焼き減らしてまわりを明るくしな」

 

 

「おっさん。わかったぜ。おれは気に入らんと怒鳴ってやるんじゃ。院長の馬鹿野郎、殺せ、殺せと言ってやるんじゃ。これからはもう言わんようにするわい。静かに死んでいくわい。そのかわり、おっさん、おれのいうことを聞いてくれ。おっさんは、よそへ行って、学校の子供に話しをすることがあるやろう。その時に、津田卯一というどうしようもないやつが、言ったぞ、といってくれ。小言を言ってくれる人がある人は幸せぞ。おれのように小言を言ってくれる人が一人もねえのは、つまらんぞ。それに文句をいうのはぜいたくたい」

三上さんはもう涙が出てしょうがなかったそうで、

「約束するぞ、おれは命のある限り、その話しをみんなにしてやるから」

と言って、

「おっさん、おっさん」と叫び続ける声を背にして、断腸の思いで院長室へ戻って来たのである。

院長は、自分が呼んだ講師の先生が、死にそうな患者に一晩つきそったのだから、帰るわけにいかず、部屋のソファーで寝ていたのである。朝食に、ご馳走がたくさん出た。院長が「どうしておかずを一つしかあがらんのですか」と聞く。

「津田卯一の食べているものを考えたら、こんなご馳走はどうしてもいただけない。」

院長は恐縮しておかずを一品しか食べなかったそうである。食事を終わったら、当直の医者が飛んで来て、

「津田卯一が今、死にました。」

と告げる。

そして、

「今朝、不思議なことがありました。」

と言う。

卯一の部屋に入ったら、いつも、悪態をつく卯一がニコニコ笑っていた。

「卯一、おまえ今日はごきげんやなあ」と言って、毛布を深くかけてやろうと、持ち上げたら、なんと津田卯一は、毛布の下で合掌して死んでいたのである。

親もいなければ、だれも可愛がってくれない。佛教も知らなければ、人間の愛情も知らなかった津田卯一が、合掌して死んでいたのである。

三上さんは、そういう経験をされたのである。そして、その三上さんも先頃、津田卯一のいる天へ帰ってゆかれたのである。

小言を言われると、相手が親でもこん畜生と思う。そう思う前に、自分にとって悪魔のように、意地悪く見えるその人が、実は菩薩であるということに気がつかなくてはいけない。

それを、それこそ、何の学問もない、人間の屑のような生き方をした津田卯一でさえ、知っていたのである。どんないやなことを言う人間でも、ほんとうは自分にとっては菩薩である。これが、佛教の考え方である。いやな人間をいやな人間としか思わぬような生き方、それはごく当たりまえな生き方であって、それではだめなのである。