爺さんと少年が作ったトマト

執筆者 | 8月 3, 2013

小学生の頃の話しです。夏休みは、たいてい毎朝6時半近くに起きて、広場のラジオ体操に出かけた。

その日も、眠い目をこすり、朝靄の中を6時半からのラジオ体操に参加するために砂利道を歩いて広場に向った。体操が終わると、また田んぼ脇の道を引き返し、道ばたに咲くアサガオを眺めたり石ころを蹴りながら歩いて帰った。

家に着くと、玄関先に二人の男がいた。夏になると、村のあちらこちらで見かける爺さんと十代後半の少年だった。爺さんは背中と腰が曲がった体でリヤカーを引き、少年は後ろからリヤカーを押す役割で、進むスピードは亀のようだった。二人の傍らには、荷台に今朝まだ薄暗い時間に捥いだばかりと思われるトマトや茄子やキュウリやらが積まれたリヤカーがあった。

私の家は畑があったし、普段、野菜を買うなど、滅多になかったのだが、母親も祖父も、他の行商が来ても買わないのに、なぜか、この二人からは買っていた。不思議な雰囲気を醸し出す老人と少年が運んできた野菜は、実際、美味かった。私は二人のトマトが大好きで、買ったばかりのトマトを洗わずに食べたが、あまりに美味くて2、3個、一気に食べてしまった。

縁側で祖父とお茶を飲みながら世間話していた。爺さんの顔は日焼けで真っ黒で皺だらけ。笑うと顔がくしゃくしゃになる。少年は縁側に座ることはなく、いつも世間話が終わるまで、爺さんから少し離れたところに立ち、黙ってお茶を飲んでいた。少年の顔もまた真っ黒だったが、言葉を発したり、笑った顔を見たことはなかった。自閉症だったかもしれない。仮にそうだったとしても、爺さんにだけは心開いていただろう。

少年は爺さんとは、いつも一緒で、きっと、じいさんのことを、この世で誰よりも愛し信頼できる人だったのだろう。

爺さんは、少年のことを誰よりも可愛がっていただろう。

そして、こんな二人に育てられたトマトが格別に美味かったのは、トマトや茄子達が二人に愛情をたっぷり注がれて育てられたからに違いない。

お茶を飲み終えた二人がリヤカーに向って歩く。「行くぞ・・」と、爺さんがリヤカーの後ろに居る少年に声をかけると亀のようなスピードで砂利道を歩み始めた。リヤカーと二人の回りは柔らかい光に包まれているよう・・・爺さんと少年は、神さま、仏さまに護られていたに違いない。