(共著、医道の日本社刊「症状別治療大百科シリーズ5 耳鼻咽喉疾患」より)
遠藤喨及 著
そもそも、病名診断によって治療しないのが東洋医学である。
とはいえ、病気を肉体次元で分析する“病名”は、患者にとって抗しがたい魅力があるもの。
なにしろ、西洋医学による病気の解釈は、きわめて明快だ。
一般の人にとっては、さぞや納得しやすいものと映るだろう。
例えば、“糖尿病の原因は、膵臓のランゲルハンス島からのインシュリンの分泌不足です。
インシュリンを注射しましょう”。あるいはパーキンソン病なら、“脳内物質のーつであるドーパミンの不足が原因です。ドーパミンを服用しましょう”となる。明快かつシンプルである。
今回のテーマである耳鼻咽喉疾患の例で言えば、蓄膿症(慢性副鼻腔炎)は細菌感染等により、副鼻腔内に粘液、もしくは膿が溜まったこととされている。
このような説明を聞く患者にしてみたら、“ああ、病気の原因がわかってよかった”となるだろう。そして最新の医学が、その病気を治してくれることを期待するに違いない。
ところが私たち、気や経絡の世界を認識している側から言えば、“病気の原因を物質レベルに求めてはいけない”となる。これらは原因というよりも、むしろ結果だからである。
一体何が、インシュリンの分泌不足をもたらしているのか? ドーパミンの不足を招いたのか?それこそが原因であり、それが気の流通路である経絡の歪みに他ならないからである。(ついでに言うと、パーキンソン病の歩行困難とドーパミンの不足とは、果たして本当に因果関係があるのだろうか? というのは、パーキンソン病と診断された患者の症状が、一回の経絡治療でも、ずい分と改善されたことがあるからである)
もっとも、これを科学的に検証することはできない。
なにしろ、“気”は物質ではないんだから。証明は、治療の結果以外では出せない。
これは東洋医学の弱みでもあり、また逆に強みでもある。(なにせ病院のように、治らなくても医学の進歩のせいにはできない。治癒が、術者の責としてかかってくるので、治療者は真剣にならざるを得ない。これは強みでもある) そもそも病気の真因は、上記のように、いくら肉体次元に求めても得られない。
それは表層を引っ掻いているに過ぎない。耳鼻咽喉科に限らず、西洋医学が慢性病に対して、さして有効な治療法をもっていないのは、このためだ。
以下に述べる“症例”の、耳鼻咽喉科疾患で来院された二人の患者さん。
彼らも、そんな西洋医学での治療をあきらめて、「気の経絡指圧」で治された方たちであった。
何しろ彼らは、一年も二年も耳鼻科へ通ったあげく、何の効果も得られなかった。あきらめるのも無理はない。
症例1
* 病名:慢性萎縮性鼻炎
* 症状:鼻閉、鼻粘膜の乾燥、頭重感など
* 証:三焦虚
* 性別:女性
* 年令:三十六才
* 職業:主婦
耳鼻科で慢性萎縮性鼻炎と診断され、毎週一、二回ずつ二年間通ったが、治らないのでと、指圧治療を受けに来られた。
まず、証を取ってみると“三焦虚”である。
そこで三焦の解説になるが、
「三焦とは小腸を補佐し、命門(心包)の元気を分布し、全身を循環するもの。漿膜、リンパ系の保護作用を意味している」(「指圧」増永静人著/医道の日本社)とある。
そして三焦とは、上焦(胸膜)、中焦(大綱)、下焦(腹膜、腸間膜を中心とする)であり、また、皮膚、粘膜、漿膜でもある。
これだけの説明だと、すぐには腹におさまらないかも知れない。
そこで、例をあげながら説明してみよう。
まず一言でいえば、三焦とは“環境への適応”の経絡だ。
例えば夏。俗に“冷房病”と呼ばれる頭痛。
これは、頭部三焦経の実によるもの。オフィス街などに勤めていて、暑い屋外と、いささか効き過ぎるほど冷房の効いた涼しい屋内を、何度も出入りすることがある。
すると外部の温度変化に、身体が適応しようと三焦経が働き過ぎることになる。
その結果の三焦実である。
“冷房病”による冷えは、三焦経が末梢循環を司っているため。
こちらは三焦が虚になることにより、末梢循環不良によって冷えを起こしているのだ。
寒い時に、思わず腕をかかえてさすったりすることがある。
これは無意識に、三焦経に刺激を与えて末梢循環を促進しているのである。
さて、三焦虚の証が出たこのご婦人だが、粘膜は三焦経に属しているので、これは三焦虚による粘膜の過敏が原因であるとみることができる。したがってアレルギー体質もあるだろうし(実際に質問してみると、そうだった)、その他、皮膚も過敏で、外界適応力の不足が伺えた。
三焦虚が原因で喘息(アレルギー)が出ることもあるが、この人の場合は、鼻粘膜の慢性的な炎症という形で出たわけだ。
三焦経の走向だが、図をみて頂きたい。上肢においては、外側の中央がそのおよその目安となる。(図:三焦経の走向 後ほど掲載します。)
証診断に基づいた経絡治療では、基本手技を終えた後に、証をとって虚の経絡を選ぶ。
したがってその虚の経絡を、全身的に指圧施術するという方法もある。
しかしそれでは、恐ろしく効率が悪い。
そこで、全身の虚の経絡上に存在する“虚のシコリ”がどこにあるか診るのである。
それは、虚の経絡上(といっても深部だが)に存在する虚のシコリこそが、経絡虚実の歪みの元となる“邪気”にアクセスできるものだからだ。
先ほど、“病気の原因は、気の流通路である経絡の歪みによるもの”と述べた。しかし実は、さらにその奥にある邪気こそが、本当の意味における病気の真因と言わねばならない。
すなわち経絡の虚実(そして虚のシコリ)は、解放を求める邪気がつくっているのだ。
通常その虚のシコリには、いくつものツボ(経穴ではない。気の歪みがあらわれた点。感触としては、“米粒の先”のように感じる)が存在する。
したがって、それらのツボを取って指圧施術することで、虚のシコリが溶けていく。
それで、邪気が解放される。その結果として、虚実の歪みは取れる。症状が消失するのは、その時である。
この患者さんは、週に一回の通院で二ヵ月ほど通い、症状がまったく消失したので終了した。
ご本人は、耳鼻科に二年間通ったあとのことだったから、少々あっけないような気がするようだった。
最後に“鼻が治っただけでなく、身体がしっかりしたような感じがします”と言って帰っていったのが、印象的であった。
この患者さんの場合、虚のシコリが三焦経の頚部、上肢だけでなく、肩背部や下肢などにもみられた。
もっとも虚のシコリは、治療が進むに従って別のところにできることがある。
それは、虚のシコリが取れても、さらに奥の邪気が出てきたりするからである。
証もまた、いつまでも一定しているわけではない。
しかし最初の数回までは、三焦虚の証であった。
症例2
* 病名:蓄膿症(慢性副鼻腔炎)
* 証:大腸虚
* 性別:男
* 年令:二十九才
* 職業:元会社員
この患者さんの場合は、症状があまりにひどかったらしい。
そのために会社を辞めたというのだから、相当に重かったのだろう。
本人の言うには、“もうモノも考えられなくなって、会社にいられなくなった”という。
既婚者で子供も二人いると聞き、“それはお困りでしょう”と治療をお引き受けしたが、地方の住まいだった。“果たして通い切れるのかな?”と多少不安だったが、ちゃんと毎週通ってこられた。
最初に証を取ってみると、「大腸虚」であった。
これは、鼻閉や咽頭通痛などでよく出る証であった。
ある意味では、典型的な耳鼻咽喉疾患の証と言うこともできる。
虚が深かったので、“便秘か下痢をしやすいでしょう”とか、“ちょっとした外傷でも、皮膚が化膿しやすかったりするのでいないですか?”と尋ねた。すると果たしてその通りで、“どうして、そんなことまでわかるんですか?”と、
不思議そうにしていた。実は、種を明かしをすれば、虚になっている大腸経が司っている器官(大腸や皮膚、気管支など)の弱りを、こちらは指摘したに過ぎないだ。
大腸経は(胆経と同様)、自らが司る解剖的な器官に、症状が比較的でやすいという特徴がある。
ちなみに、同じ鼻の疾患でも先の症例1のように、「三焦虚」で出ることもある。また、「膀胱虚」で出ることもある。上記のように、大腸虚の場合は指摘しやすいのだが、例えばこれが膀胱虚の証だと、そううまくははいかない。
膀胱虚の特徴である「対人的なストレス」から、“人間関係でストレスを受けやすいでしょう”とか、“今現に、対人的な問題をかかえているのではないですか?”などと言ったところで、患者さんが素直に納得する率は低いだろう。たとえ実際にそうではあっても、一般常識から言って、「経絡診断がそこまで見通せる」ことなどは、思いもよらないことだからである。
また膀胱虚だと、日常生活で「次の行動に移る時の動作の変化」が取りにくいはずだ。しかし、こんなこと指摘してみても始まらない。
膀胱経は自律神経を司っているので、“自律神経の失調がありますね”などというくらいである。
ともかく、始めの指摘が効をなして、患者の信頼を得ることができ、治療がスムーズにはかどった。
治療は週一回のペースであったが、一ヵ月ほどすると、“鼻汁がだんだんと固まってくるように(本人談)”なった。
やがて二ヵ月ほどで、鼻汁も出なくなり、そして三ヵ月たたないうちに止まった。
しかし“まだ心配なので”と三ヵ月目まで通い、症状が消失してから二週間たってもぶり返す気配がなかったので、治療を終了した。
その後一ヵ月して“再就職しました”とのハガキをもらった。
そこで大腸経の走向だが、まず耳鼻咽喉科疾患との関わりでわかりやすいのは、上肢から前頚部を通って鼻に抜けるスジ(主経絡)である。
特に前頚部の大腸経に、虚のシコリが見られるはずだ。(本症例の患者さんもまたそうであった)
ただし、虚が深すぎて前頚部の大腸経がこちらの気(指圧)に反応しないことがある。
こういう場合は、シンメトリカルな反対側(後頚部)に存在する、大腸経の副経絡を調べる。(「気の経絡指圧」では、全身十二経の他、各経絡にもう一本ある副経絡の存在を認める。したがって、“全身二十四経”を説いている)虚のシコリが、そこには必ずあるはずだ。
こうして、副経絡の大腸経に虚のシコリが認められたら、
まずここに存在するツボを、数点取って治療する。副経絡の治療をまず先に行なうことによって、主経絡が開く。
すると、それまで術者の気(指圧手技)に反応しなかった虚のシコリが反応するようになる。
あるいは、それまで奥深いところにあった虚のシコリが、体表に近いところまで上がってくる。
それから主経絡である、前頚部の大腸経を治療すればよい。
この患者さんに対して施術した虚のシコリは、上記の頚部から上肢にかけての大腸経の他、同じ頚部だが環状の大腸経や下肢、腹部の大腸経などであった。
「大腸虚」の証が出た鼻疾患で“虚のシコリ”がみられるのは、
頚部の他に、上背部の副経絡や、意外なところでは臀部のこともある。ただし、忘れていけないことがある。それは、頚部の虚のシコリを治療した後、邪気が上肢に流れてくるということ。
頚部の虚のシコリへの施術によって、邪気が外界へと出ていくプロセスとして、これが末端に向かって移動するからである。
これが、単純に上肢のだるさとして出ることもある。
しかし、場合によっては瞑眩(めんけん)反応が起きて、種々の症状が生じることがある。
したがって頚部や背部など、体幹部の治療の後は、上肢の虚への施術をしておく必要がある。
特に、前腕外側。すなわち、肘に近いところにある大腸経の虚のシコリ。これをよく治療しておき、瞑眩反応によって起きる症状をできるだけ防ぐ(軽くする)ようにしておくとよい。
また、本症例で行った大腸経上の虚のシコリに対する施術例を、一部、写真で示しておいた。
参照されたい。
*以上、耳鼻咽喉科疾患における指圧臨床の症例をもとに、治療法の実際について述べてみた。
最初に述べたように、東洋医学は病名診断ではない。たとえ西洋医学が同じ病名をつけたとしても、人によって証が違うことなどはザラにある。
治療にしたがって証は変化するし、極端な場合は、治療中に証が変わることすらある。しかし私たちは、随証治療がたてまえである。
ただひたすら、“虚”という「患者の“いのち”が、最も“気”を必要としている経絡」に手当て(指圧治療)していくのみである。